ガラ・ルーファ豊穣祭(二)

 お祭りはまだまだ続くのですが、まだ子供っぽいところが残るフリエちゃんは眠くなってしまったようです。私の手を引きながら表通りの宿屋を指差しました。


「さあ、宿屋に泊まるわよ」


「あの、私、受付とか、そういうのしたことないんですけど。それにお金は少ししか持ってませんよ?」


「ふふん、やっぱりロナってば子供ね。アタシに任せておきなさい!」




 最初は宿屋のおばさんに変な顔をされてしまった私達でしたが、フリエちゃんが身分証明書を見せたことで無事にお部屋を借りることができました。背伸びをしながら宿帳に名前を記入するフリエちゃんを可愛いと思ったものですが、結局私も思い切り背伸びをしないとカウンターに顔と手が届きませんでした。


寝台ベッドもふわふわね!造りは安っぽかったけど、なかなかの宿だわ」


「はい。ふわふわです」


「隙だらけよ!えーい!」


 フリエちゃんは何故かいきなり枕を投げてきて、すっかり油断していた私は枕を抱えてひっくり返ってしまいました。


「ぷえっ!何するんですか!」


「知らないの?宿屋に泊まるって、こういうものなのよ!」


「そうなんですね!」


 お返しに枕を投げ返して、ぬいぐるみのポンタを投げ合って、二人で寝台ベッドにひっくり返って。すっかり楽しくなってしまった私達はお部屋で大騒ぎしていたものですが、とうとう宿屋のおばさんに怒られてしまいました。まるで子供みたいな真似をしてしまったと反省したものです。




「次は夕食を食べるわよ!好きなもの頼んでいいからね!」


 階下の食堂でフリエちゃんは胸を反らせましたが、周りは大人ばかりで、それも酔っぱらって大声でお話ししているおじさん達もいて、ちょっと怖い気もします。


「はい。では麦酒エールとポテトフライを……」


「ちょっとアンタ、お酒は十五歳からよ?吸血鬼らしくトマトジュースにしときなさい」


「え?私、三十二歳ですよ」


「嘘おっしゃい!そんな三十二歳がどこにいるのよ!」


「だって、ここに……」


 私が背負い袋から取り出したのは、エルトリア王国の国民であることを示す身分証明書です。

 分厚いその紙には、『ロナリーテ・レント 王国歴九九年一五九日出生』と書かれています。人族ヒューメルだったお母さんが行政官さんに頼んで作ってもらったもので、これさえあればエルトリア王国法第六条により就職、結婚、移動、宿泊、住居、飲酒、あらゆる自由が認められるのです。


 顔を近づけてそれを覗き込んでいたフリエちゃんでしたが、急に思いついたように宣言しました。


「じゃあアタシも麦酒エール!」


「ええ?子供がお酒飲んじゃ駄目なんですよ?」


「子供扱いしないでよね!もう十五歳になったんだから立派な大人よ!」




 やがて麦酒エールがなみなみと注がれた木杯とポテトフライ、たくさんの具材が載せられたピッツァ、野菜サラダなどが運ばれてきて、私達は同時にお腹を鳴らしてしまいました。


「ぷはー!やっぱりこれですぅ」


「うっ、にが……」


「苦いですか?甘いお酒もありますよ?」


「に、苦くなんかないわ!これがオトナの味よね!」


 結局フリエちゃんが残した麦酒エールは私が頂くことになりましたが、いろいろなお話ができました。嫌いな食べ物、杖と帽子のこと、魔法のこと、魔法学校のこと、今の冒険者生活のこと。

 それから先程のザイドフリードさんはやはり魔法学校の先生だったそうで、その、あまり好きではなかったそうです。根暗とか、陰険とか、幽霊とか、権威主義とか、長い物に巻かれるとか、フリエちゃんはずいぶんと語彙ごいが豊かなのだなあと感心したものです。




 やがて三分の一杯ほどの麦酒エールで酔いつぶれてしまったフリエちゃんを背負って、二階の部屋へ運びます。ちょっと苦しそうだったので闇の力ドルナで治療すると、安らかな寝息を立て始めました。


「……手を離しちゃダメよ。まったく子供なんだから……」


 これは寝言でしょうか。私はフリエちゃんの額に貼り付いた茶色の髪をかき分けました。

 ちょっと生意気な口を利くところはありますが、優しくて思いやりがあって面倒見が良いところなど、アイナさんに似ているかもしれません。

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