ガラ・ルーファ豊穣祭(一)

 ガラ・ルーファの町は大都会です。行き交う馬車も人も途切れることがありませんし、表通りは夜でも灯りが消えません。

 しかも今日は特別な夜です。夏を控えて大地の恵みを祈り、豊穣ほうじょうの女神ニサをまつる『豊穣祭』がこれから数日に渡って続くのだそうです。




「うわあ、包帯男さんです!こっちはかぼちゃのお化けですよ!」


「ちょっとロナ、はしゃぎ過ぎよ。まったく子供なんだから」


 そう言うフリエちゃんも右手にホットドッグを、左手にチョコクリームたっぷりのクレープを持ってご満悦です。


 真っ赤な裏地の黒マントに黒ワンピの私、黒外套ローブにとんがり帽子のフリエちゃんは誰が見ても吸血鬼と魔女です。こんな格好では目立ってしまうと思っていたのですが、今日はみんな、みーんな同じような、それどころかもっと凄い服装の子供達が街を歩いています。


「あ、骸骨さんと幽霊さんもいますよ!マエッセンとリゼにも見せたかったなあ」


「そうね。お城に帰ったらたくさんお話してあげましょう」


「えへへ。吸血鬼って怖がられてると思ってたんですけど、そんな事ないんですね!」


 夜だというのに明るい街並み、道の両側にどこまでも並ぶ屋台、着飾ったご両親に手を引かれる小さなお化けたち。すっかり嬉しくなった私は黒マントをひるがえし、くるくると何度も回ってしまいました。


 見上げた夜空には紫色と銀色、二つの月が浮かんでいます。『双月ルミナス』と呼ばれるこのような夜は月明かりの下で本を読めるほど明るく、大人達は月をさかなに飲み歌い、子供達も夜更かしを許される日なのだそうです。




「……あれ?フリエちゃん?」


 さっきまで手を握っていたはずのフリエちゃんがいません、浮かれてくるくると回りすぎてしまったのでしょうか。似たようなとんがり帽子を見つけて駆け寄ったのですが、きらきらの外套ローブをまとった別の女の子でした。


「あれ?あれ?ど、どうしよう……」


 きらびやかな街並みが急に薄暗く思えてきました、道行く人々が本物のお化けに見えてきました。そういえば私はこの町で知っている人はフリエちゃんしかいません、道がわからないので一人で帰ることもできません。


「ピッピ!お願い、フリエちゃんを探して!」


 肩に止まっていた蝙蝠こうもりのピッピが夜空に羽ばたきます。さっきまで年甲斐としがいもなくはしゃいでいた私ですが、大都会にぽつりと一人取り残されたように思えて急に怖くなってきてしまい、ぬいぐるみのポンタを抱きしめました。もうこの子だけが頼りです、いざとなれば巨大化させたポンタに乗ってフリエちゃんを探すしか……




「あなた、どうしたの?迷子?」


「ぴゃい!?」


 突然後ろから声を掛けられて、私は本当に飛び上がってしまいました。声の主が吸血鬼の格好をした女の子だったので少し安心しましたが、後ろにいる魔術師の格好をしたおじさんと数人の兵士さんはちょっと怖そうです。


「あ、いえ、お友達が迷子になっちゃって……」


「そうなの?一緒に探そうか?」


「い、いえ、だいじょぶです……」


「遠慮しないで。ザイドフリードは本物の魔術師なんだから!」


 女の子はそう言いました。魔術師のおじさんはにっこりと微笑んだようですが、何故かやっぱり怖いです。つい逃げ出そうとした私でしたが、そこにピッピに連れられたフリエちゃんが帰ってきました。


「ちょっとロナ、離れないでって言ったでしょ?まったくもう」


「ご、ごめんなさい……」


 フリエちゃんに平謝りの私でしたが、先程の女の子はピッピに興味津々です。恐る恐る覗き込んで目を丸くしています。


「あ、あの、どうかしましたか?」


「すごーい!本物の吸血鬼みたい!」


「えっと、本物ですよ?」


「うふふ、面白いね。あなたお名前は?」


「ロナです。ロナリーテ」


「私はロセリィ。蝙蝠こうもりさんのお名前は?」


「ピッピです。とても賢いんですよ」




 すっかり安心して女の子とお話する私でしたが、フリエちゃんは魔術師のおじさんをにらみつけていました。


「ザイドフリード!」


「ザイドフリード先生、だ。何度言ったらわかるのかな?フリエ君」


「ふ、ふん!いつまでも先生づらしてるんじゃないわよ!」


「生意気な口は相変わらずのようだね。こちらの可愛らしい吸血鬼ちゃんはお友達かな?」


 おじさんが興味深そうに私を見下ろします。目が隠れてしまいそうな黒い長髪、痩せすぎの長身、亡霊レイエスのリーゼロッテよりも幽霊っぽいと思ってしまいました。


「きみ、本物の吸血鬼なんだって?」


「え、ええと……」


 おじさんが微笑を浮かべたまま顔を近づけてきました。それだけでも怖かったのですが、黒髪の奥から覗く目が爬虫類はちゅうるいのそれに見えてしまい、息が苦しくなってきます。


「ちょっと、やめなさいよ。ロナが怖がってるでしょ!」


「これは失礼、ロナちゃんだね?また会おう」


「は、はい。ありがとうございました」


 ロセリィちゃんが「またね」と手を振ってくれたのですが、フリエちゃんは「いーっ!」と顔をしかめて追い払ってしまいました。あの幽霊のようなおじさんを先生と呼んでいましたが、お知り合いなのでしょうか。




「ふん!行くわよロナ。もう迷子になるんじゃないわよ」


 フリエちゃんはひとしきりお説教をしながら、私の手を握って歩きだしました。迷子になったのはフリエちゃんも同じだと思うのですが……

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