枯葉の魔女(一)

 一度ガラ・ルーファに戻るというアイナさんとシャルナートさんと別れて、私は久しぶりに『闇の城ドルアロワ』に戻りました。


 お二人は用事を済ませたらまたすぐに来てくれると言っていましたが、本当でしょうか。しゃこうじれい?というやつではないか、と物知りのリーゼロッテは言います。だとするとまた一人の暮らしが何年も何十年も続いて、たまに訪れるのは武器を持った人族ヒューメルさんばかりになるのかもしれません。


「大丈夫ですよ、リゼ。一人には慣れていますから」


 裏庭のお野菜に水をあげながら心配そうなリーゼロッテに言いましたが、本当はちょっぴり寂しいです。アイナさんは本当のお姉さんのように感じていましたから。


 だから玄関で来客を告げる呼び鈴が鳴ったとき、私は飛び上がって喜んだものです。もしかしてアイナさんでしょうか?この際シャルナートさんでも構いません。お紅茶をれて、お菓子を焼いて、もし良ければ泊まっていっても……




 ですが玄関で待っていたのは見ず知らずの人でした。黒い外套ローブにとんがり帽子、木の杖を持ったいかにも魔術師風の、でもまだずいぶんと子供っぽい女の子です。女の子は私を見ると、なぜか胸を反らせました。


「なあんだ、まだ子供じゃない。アンタが『枯葉の魔女』?」


「えっ?ええと、そ、そうです?」


「ふうん。じゃあ勝負しなさい、アタシが勝ったらそのカッコいい二つ名をもらうわ!」


「ど、どうぞ差し上げます。私ニセモノですから……」


「はあ!?何よそれ、アンタ魔女じゃないの?」




 なんだか目的はよくわかりませんが、せっかくのお客さんなので、お紅茶をれて少しお話をすることにしました。

 この女の子はフリエちゃん、驚いたことに魔法学校を卒業した本物の魔術師さんだそうです。私もお母さんが魔術師だったので多少のお話は聞いているのですが、人族ヒューメルの中で魔法の才能があるのは千人に一人とも一万人に一人とも言われていて、しかも魔法学校に入れるのは特に優秀な人だけなのだそうです。


「ではフリエちゃんは本物の魔女さんなのですね。かっこいいです!」


「そうよ!分かったなら弟子にしてあげてもいいわ」


「はい、是非!」


 それに私、学校というものにも興味があります。本がたくさんあって、お友達がたくさんいて、先生が勉強を教えてくれるそうです。少しの時間でしたがフリエちゃんは魔法学校の授業や図書室のお話をしてくれました、きっと楽しいところなのでしょう。




「それにしても、ずいぶんと古くさい城ね。いいわ、アタシが綺麗にしてあげる!」


 お話に飽きてきたのか、辺りを見回したフリエちゃんは元気よく立ち上がると、木の杖を振りかざしました。


「森を、空を、海を駆ける風の精霊よ、なんじに命じる。つどいてけがれを、よどみを、古きをぬぐい去れ!【清浄ピュリティ】!」


 言葉とともに杖から一陣の風が巻き起こったかと思うと、床にたまった砂が、家具に積もった埃が、天井の蜘蛛くもの巣が、開け放った窓から勢いよく吹き飛んでいきました。


「うわあ!魔法でお掃除もできるんですね!」


「ふふん。これで終わりじゃないわよ、魔法は万能なんだから!水の精霊、我はなんじを解き放つ!【水飛沫スプラッシュ】!」


 今度は食堂の隅にある水瓶みずがめから細い水柱が上がり、弧を描いてテーブルの上で跳ねました。


「すごーい!次はどうするんですか?」


「アンタが雑巾ぞうきんで拭くのよ。魔法は万能じゃないんだから」


「え?さっきは万能だって……」


「うるさいわね。さっさと拭きなさい、次の部屋に行くわよ!」




 廊下、客間、寝室、玉座の間、お風呂、おトイレまで。杖をふりかざし雑巾ぞうきんを絞り、張り切ってお掃除をしていた私達ですが、夕刻にはすっかり疲れ切ってしまい、今フリエちゃんは私の寝台ベッドで安らかな寝息を立てています。


 フリエちゃんが目覚めた時のために玉葱たまねぎのスープを温めつつ、私は小さな声でお父さんとお母さんに報告しました。


 喜んでください、ロナに可愛らしいお友達ができました。

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