ルイエル鉱山の腐魔(九)

 ここは人口三十万人、エルトリア王都フルートよりも栄えていると言われるガラ・ルーファの町です。


 綺麗な石畳の上を馬車が行き交い、表通りに建ち並ぶ店も、道往く人々もどこか洗練されていてお洒落しゃれです。人混みはあまり好きではないのですが、こんな大きな町を作ってしまうなんて人族ヒューメルの皆さんはすごいなあと思います。




 さて。買い物に出かけるというシャルナートさんと別れて、私とアイナさんは冒険者ギルドにて腐魔メルビオール討伐の報酬七万ペルを受け取り、ギルドに併設されている食堂で昼食を頂くことにしました。あまりお金の価値がわからない私でも、ずっしりと重そうな布袋とアイナさんの緩んだ顔を見ているだけで嬉しくなってしまいます。


「ロナちゃん、何でも好きなもの食べていいよ!ハンバーグでもお子様ランチでも何でも!」


「えへへ……はい、では麦酒エールとポテトフライを」


「そんなのばっかり食べてたら大きくなれないよ?すみませーん、この子にお子様ランチ!」


「えええ!?あの、その、せめて麦酒エールを……」


 ところがアイナさんが三皿目のハンバーグを食べ終え、私が三杯目の麦酒エールを飲み干しても、まだシャルナートさんは現れません。領主様から頂いた十万ペルでルイエル村に届ける食料や医薬品、それを運ぶための荷車を手配すると言っていたのですが。


「……嫌な予感がする」


 口の周りにソースを付けたままアイナさんはつぶやきました。それを聞いて私はシャルナートさんの身に危険が迫っているのかと思ったものですが、違ったようです。


「あいつ賭け事ギャンブル好きなんだよね。十万ペルも持たせたのは失敗だったかなあ」




 結局シャルナートさんが冒険者ギルドに姿を現したのは、陽が傾き始めた頃でした。


「いやあ、悪い悪い」


「遅いよ、シャル。で、どうだった?」


「何が?」


「食料と薬、手配できた?」


「それがさ。王道の芝二四〇〇右回りなんてスペシャルワンダーで決まりって思うじゃね?まさかビッグファーマーとか、これはびっくりよ」


「……で、いくら負けたの?」


「全部」


「全部!?十万ペル!?」


「だから悪いって。すぐ返すからよ」


「ばーか!もう知らない!行こ、ロナちゃん」




 その夜。裏通りの安宿で休んでいたアイナさんと私は、階下の食堂からの拍手と大歓声で目が覚めました。

 とても寝られそうにないので様子を見に行くと、胸元と太腿をあらわにした細身の美女が竪琴リュートを弾き、小鳥のように上品な声でこの国に伝わる『盲目の剣士』の英雄譚を歌い上げていました。



「♪そこに颯爽さっそうと現れたるはくだんの剣士。長い黒髪をなびかせ長剣に陽光を映せば、雑兵どもはおびえた羊のごとく逃げ惑う。『だが人の姿をした獣よ、お前だけは許さぬ!』弱き者の声なき声を乗せ、疾風のごとく空を裂くその剣はついに……」



 絶世の美貌と大胆な衣装、それとは対照的に繊細な歌声と華麗な演奏に、お客さん達は大喝采だいかっさいです。ですがそれを階段の上から見下ろしたアイナさんは、あきれ顔で溜息をつきました。


「あいつ、またあんな格好して……」


「お知り合いなのですか?」


「あれ、シャルだよ。賭け事ギャンブルで負けると毎回ああやってお金稼いでるのさ」


「えええ!シャルナートさん!?」




 翌朝。「悪かったって言ってんだろ?」と言って銀貨と銅貨がたくさん入った袋を朝食のテーブルに乗せたシャルナートさんは、ぼさぼさに乱れた髪に着崩した旅服という格好で盛大に欠伸あくびをしました。


 昨夜の綺麗な歌い手さんは本当にこの人だったのでしょうか。私にはちょっと信じられません。

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