ルイエル鉱山の腐魔(七)

 優しい陽射しが降り注ぎます。私は本来闇を好む吸血鬼ですが、お母さんが人族ヒューメルだからなのか、光の中の方が落ち着くのです。


 私は坑道から出たところでアイナさんの背中から降りました。本当はもう自分で歩けるのですが、暗くて怖かったのでちょっと甘えてしまったのです。私を下ろして歩き出したその大きな背中に向けて、ごめんなさい、と口の中だけで謝りました。


「もう歩けるの?村まで背負ってあげようか」


「いえ。自分で歩けます」


 力を使い果たしたとはいえ、いつまでも甘えていてはいけません。アイナさん達と別れればまた私は一人なのです、自分の足で歩かなければならないのです。

 よしがんばるぞ、と胸の前で拳を握る私の横で、瞬く間に服を脱ぎ捨ててすっぽんぽんになったアイナさんが川に飛び込みました。


「いっちばーん!」


「ええ!?何してるんですか、アイナさん!」


「見てわかんない?汚れちゃったから水浴びするよ!」


 目の前の光景を理解できなかったわけではありません、服も体も腐魔メルビオールの体液まみれなので水浴びしたくなるのもわかります。でもちょっと行動が早すぎではないでしょうか、水が冷たすぎるとか川が深すぎるとか周囲に危険な生物がいるとか男の人に見られているとか、そういった危険予測は無いのでしょうか。


「ロナちゃんもシャルもおいでよー」


「あ、えっと、はい」




 周囲に気配が無いことを確認しながらワンピースを脱ぎ、アイナさんの服と一緒に川の水で洗い、丁寧に絞って木の枝に掛け、くまさんパンツ一枚だけになった私は恐る恐る水に足を着けました。春も終わりとはいえ川の水はびっくりするほど冷たいです、これに全身を浸すのは無理かもしれな……


「おいガキ、早くしろ」


「ぷえっ!?」


 後ろからシャルナートさんに蹴飛ばされ、私は頭から川に突っ込んでしまいました。

 冷たいです!苦しいです!どちらが上か下かもわかりません!もしかすると私はこのまま魚の餌に……などという思いが頭をよぎったのですが、すぐにアイナさんの力強い腕に引き上げられました。


「ちょっとシャル、ロナちゃんいじめるのやめなよ」


 アイナさんにたしなめられても、シャルナートさんはにやけた笑いを浮かべたままです。ちょっと頭にきてしまった私は、ほとんど膨らみの無い胸の先っぽをつねってやりました。あの飄々ひょうひょうとした人が「おぅふ」と変な声を上げたのが面白かったです。


「楽しそうだね、私も混ぜて!」


 何を勘違いしたのか、アイナさんが大きな両手で思い切り水を跳ね上げました。水色の空に無数の水飛沫みずしぶきが躍ります。




 もしかしてこれは、私がずっと欲しかったもの……人族ヒューメルのお友達、なのでしょうか。

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