ルイエル鉱山の腐魔(六)

 夜の大剣グラディースに大きく切り裂かれた腐魔メルビオールは警戒しているのか、簡単には近づいてきません。それはこちらも助かるのですが、触手という触手から黄緑色の腐汁を飛ばして嫌がらせをしてきます。汚いものを飛ばして喜ぶなんて、まるで意地悪な男の子みたいです。


「こっち来ないでください!」


 私はぶんぶんと夜の大剣グラディースを振り回して威嚇しました。その間にアイナさんとシャルナートさんが後ろの腐魔メルビオールを倒してくれれば私を助けてくれるはずです。だからこの状況は悪くありません、それまで我慢すれば……

 というのは甘い考えだったようです。夜の大剣グラディースがみるみるしぼんで、元の短剣に戻ってしまいましたから。


「な、なんでぇ!?【覚醒リベレーゼ】!【覚醒リベレーゼ】!」


 合言葉キーワードを何度唱えても変化がありません。

 私は焦ってしまいました、思い当たる節があります。昨日の治療で闇の力ドルナをほとんど使ってしまったので、短剣が夜の大剣グラディースの形を維持できないのです。ということはポンタを起動させることもできません!


 ずるり、ずるりと慎重に腐魔メルビオールが近寄ってきます。私が短剣を構えようが振り回そうが、お構いなしです。だんだんと植物の根のような触手が、黄緑色の腐汁が、花弁の中から覗く尖った歯が、近づいてきます。この世の全ての悪臭を煮詰めてかき混ぜたような匂いが顔に吹き付けてきます。


「ふええええ……もう嫌ぁ……」


 闇の力ドルナが無い私なんて、チビで弱虫で情けない、ただの子供です。もう駄目です。


 触手が足にまとわりつき、脹脛ふくらはぎから太腿まで這い上がってきます。

 あーんとばかりに腐魔メルビオールが大きな口を開けました、このまま私を頭から食べてしまうのでしょう。お父さんお母さんごめんなさい、こんな臭くて汚ない妖魔に食べられて溶かされて排泄されるのが人生の終わりだなんて、きっと親不孝です。




 その時。どん、と重い音が響きました。


 アイナさんが全身黄緑色の汁まみれになるのも構わず、腐魔メルビオールの口に大剣を突き入れたのです。さらに体液が飛び散り顔にかかったはずですが、それさえもかまわず縦横に切り裂きます。腐ったような匂いを放つ妖魔は無数の斬撃を浴びて、やがて腐ったような匂いを放つ残骸に変わりました。


「おい、漏らしてねえか?」


「……ひゃい」


 シャルナートさんはやっぱり意地悪です。もう全身が腐魔メルビオールの腐汁まみれなのに、そんなことを敢えて聞いてしまうのがこの人の悪いところだと思います。

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