ルイエル鉱山の腐魔(五)

 腐魔メルビオール。一本の巨大な植物のように見えますが、その体色は緑、紫、赤、茶、黒、いかにも毒々しく彩られています。中央の花弁にも口にも見える大きな穴からはとがった歯が何重にも覗き、根のような無数の触手が這った地面には腐臭を放つ粘液が残されて……つまり、とても気持ち悪いのです!


「大きいのがいるよ!援護お願い!」


「ずいぶん話と違わねえか、おい!」


 私も腐魔メルビオールという妖魔は知っていたのですが、こんなに大きい個体がいるとは思ってもみませんでした。私達三人が並んで歩けるような幅、大柄なアイナさんが飛び跳ねても天井に届かないほどの高さの坑道が、一体の腐魔メルビオールでほぼ埋め尽くされています。


「ぶった斬っちゃえば同じだよ!」


 などと適当なことを言うアイナさんでしたが、やはり剣の技は見事なものでした。腐魔メルビオールの頭部から何本もの触手が伸び、それぞれが腐汁をまき散らし、毒々しい霧を吐き、あるいは叩きつけるのですが、ランプの光を反射する大剣がことごとくはばみ、跳ね返し、斬り払い、ついには巨大な妖魔をを真っ向から斬り下げます。


「雑なんだよ、お前は!」


 私の背後から飛び出したシャルナートさんの細剣が一閃すると、アイナさんに迫っていた緑色の触手が数本まとめて宙を舞いました。二閃、三閃、そのたびに触手が斬り落とされていきます。顔の場所も定かではない腐魔メルビオールの感情は私にはわかりませんが、動きからはひるんだようにも感じられます。




 お二人とも頑張ってください、私はここで見守っています。などとばち当たりなことを考えたのが良くなかったのでしょうか。後ろでずるずると何かを引きずるような音が聞こえたかと思うと、強烈な腐敗臭が吹き付けてきたのです。


「ひいいいいい!こっちにも出ましたぁ!」


 いつの間にか背後から別の腐魔メルビオールが近づいていて、私達は一本道の前後を挟まれてしまいました。これではどちらかの腐魔メルビオールを倒さない限り、逃げることもできません。


「ロナちゃん待ってて、今行くからね!」


「な、なるはやでお願いします!」


「変な言葉知ってんな、お前!」


 別にふざけているつもりはありません。お母さんが使っていたオトナっぽい言葉を覚えていて、いつか使ってみたかったのです。私は呼吸を整え、腰の短剣を引き抜いて両手に握りました。


「【覚醒リベレーゼ夜の大剣グラディース】!」


 夜の大剣グラディースの能力で私の質量を最大の十倍にして斬りつけると、まともに斬撃を浴びた腐魔メルビオールは数本の触手を地面にばらまき、ずるりと後退しました。


 ですがその代わりに……私は頭から腐汁を浴びて、あまりの匂いと刺激に目も開けられなくなってしまいました。

 斬られた腐魔メルビオールひるむどころか、怒りの感情を表すかのように触手をぶんぶんと振り回して腐汁をき散らしています。もうあまりにも臭くて痛くて気持ち悪くて、お気に入りのワンピースも粘液まみれで、私は涙目になってしまいました。


「ふええええ……もう嫌ですぅ」

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