ルイエル鉱山の腐魔(四)

 腐魔メルビオールが棲み付いたという鉱山は、ルイエルの村からさほど離れていない山中にあります。


 整備された山道を歩いて一刻もかからない距離なのですが、坑口にたどり着く頃にはすっかり疲れ切ってしまいました。体力が不足しているわけでも私が子供だからでもありません、昨日使いすぎた闇の力ドルナがまだ回復していないのです。


「ロナちゃん、大丈夫? ちょっと休憩しようか」


「はい、すみません。少しだけ……」




 木陰に入って背負い袋を下ろすと、辺りを警戒していたシャルナートさんが振り返らずに聞いてきました。


「なあロナ。お前吸血鬼ヴァンパイアなんだろ?」


 私はどきりとしました。何故この人がそんな事を知っているのでしょう。正直に答えて良いものか迷ったのですが、アイナさんが代わりに答えてしまいました。


「そうだよ。どうして分かったの?」


阿呆あほうかお前ら、分かるに決まってんだろ。ギルドで大声出すわ、歯はとがってるわ、町で噂になってたぞ。隠すつもりならもう少し考えろ」


「そっかぁ、ごめーん」


 アイナさんは一応謝りはしましたが、たいして気にはしていないようです。でもその方が良いのです、私が吸血鬼でも怖くないということですから。それよりもこの人、シャルナートさんはどう思っているのでしょうか。


「そ、その、シャルナートさんは……吸血鬼、怖いですか?」


「ああ? お前みたいなガキ、怖いわけねえだろ」


 くしゃりと頭を撫でられるのはあまり好きではないのですが、でも良かったです。人族ヒューメルの皆さんは吸血鬼を恐れていると聞きますが、そうでない人もいることがわかりました。




 涼しい木陰で少し休憩させてもらいすっかり元気になったので、シャルナートさん、私、アイナさんの順で坑道に踏み入りました。

 中は涼しくて気持ち良いのですが、当然ながら真っ暗です。吸血鬼は本来闇を好むはずなのですが、私はお母さんが人族ヒューメルだったためか暗闇が怖くて、夜中に一人でおしっこにも行けません。こんな頼りないランプの灯りだけで進むアイナさんとシャルナートさんはすごいなあと思います。


 ランプの黄色い灯りを頼りにいくつかの分かれ道と曲がり角を過ぎました、私にはもうどちらを向いているのかもわかりません。ここから一人で帰れと言われたら泣いてしまいます。


「昨日見た地図だと、腐魔メルビオールが見つかったのはこの先だな」


「そうなの?」


「少しは自分で覚える努力をしろ、阿呆あほう


「あたしが地図見たって無駄だよ。あんたもよく知ってるでしょ」


「おい。そういうとこだぞ、お前」


 アイナさんとシャルナートさんは軽口を叩いていますが、いくつも分かれ道があった複雑な坑道を覚えているなど普通ではないと思います。もしかするとこの二人は肉体担当と頭脳担当で、とても相性が良いのかもしれません。


 ところで……安心したら急にもよおしてきました。坑道の奥はちょっと寒いくらいですし、これは生理現象なので仕方ないと思います。




「あ、あの、ちょっと待ってもらえますか?」


「何だ? 何か見つけたか?」


 シャルナートさんは前方に集中しているようで、振り返らずに声だけが返ってきました。


「その、おしっこ……」


「ああ?ガキだなまったく。待っててやるからここでしろよ」


「ええ!? む、無理です!」


「じゃあ我慢しろ」


 この人意地悪です。私はやっぱりシャルナートさんを苦手になることに決めました。


「大丈夫だよロナちゃん、アイナお姉ちゃんがついてってあげるから」


「け、結構です!」


 そんなの、いくらアイナさんでも絶対に嫌です。しかたなく曲がり角のむこうでワンピースの裾をめくり上げたのですが、その時どこからか生臭い匂いが漂ってきました。まだ私はおしっこを出していません、この匂いは……


「ぴゃああああ!!!」


「なんだ、漏らしちまったか?」


「め、めめめめ!」


「出たね、腐魔メルビオール!」


 頭を抱えてしゃがみ込んだ私の頭の上を、アイナさんの大剣がうなりを上げて通り過ぎました。

 ぐしゃりと気持ち悪い音が後ろから聞こえて、とんでもない悪臭が辺りに漂いました。違います、私のおしっこの匂いではありません、腐魔メルビオールの体液の匂いです。

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