ルイエル鉱山の腐魔(二)

 ルイエルはエルトリア王国の南東に果てしなく広がる森を見下ろす村で、小さな家々が山の斜面に一生懸命しがみついているように見えます。


 鉱山から鉄鉱石を産するだけの小さな集落ではありますが、村全体がどこか沈んで見えるのは何故でしょう。今日はこんなに夕焼けが綺麗な日暮れだというのに人影はほとんど無く、からすの鳴き声だけが不吉に響きます。


「なーんか雰囲気暗いね?」


腐魔メルビオールが棲み付いた場所は土や水が腐って疫病が流行はやるからな。多分それだろ」


「そ、そうなのですか?」




 まだ店じまいには早い時刻だというのに外を出歩く人が少ないし、畑も雑草だらけで荒れているようです。宿屋や雑貨屋などの店も看板を出しているだけでお客さんの影は無く、開いているのかいないのか。そのような寂しい道を歩いていると、小さな子供を抱えた女性が弱々しい足取りで家から出て来ました。


「薬をお持ちではありませんか?この子が病気で……」


「あ、はい。薬はありませんが、多少の病気なら私が……」


「えっ、ロナちゃん治せるの?」


 アイナさんの声に頷いた私は背負い袋を下ろし、治療の準備を始めました。私は魔術師さんでもお医者さんでもありませんが、闇の力を使って少々の病気や怪我を治療することができるのです。ですが治療を始めようとした時、シャルナートさんにその手を掴まれました。


「おい、やめておけ」


「え?どうしてですか?困っていらっしゃるようなので……」


「いいからやめとけって。後悔するぞ」


「し、しません、後悔なんて。困っている人を助けない方がずっと後悔します」


 私は口をとがらせて横を向きました。やっぱり私、この人は苦手です。困っている人を見捨てるなんて悪いことに決まっています。




「大丈夫です。すぐに良くなりますからね」


 私は胸の奥から抜き出すようにした闇の力ドルナを右手に込め、お母さんに抱かれた子供にかざしました。柔らかな薄闇がゆっくりとその子を包みはじめ、早かった呼吸がしだいに落ち着いてきます。

 闇は無条件に恐ろしいものではなく、癒しと休息を与える側面があるのです。眠っているうちに怪我や病気が癒えるように、私はそれを少しだけ早めてあげることができるのです。


「これで少し落ち着くはずです。あとはゆっくり休ませてあげてください」


「ありがとうございます、ありがとうございます……」


 安らかな寝息を立てる子供を抱えて、お母さんは何度も何度も頭を下げました。

 シャルナートさんは後ろを向いたまま何も言いません。私は良い事をしたと思っていたのですが……すぐにこの人が言っていたことの意味がわかりました。そこらじゅうの家から次々と人が現れ、私達はたくさんの村人にもみくちゃにされてしまったのです。


「見てたぞ!俺も早く治してくれ!」


「子供が先に決まってるだろ!うちの子が先だ!」


「食べ物はありませんか?うちの母が寝たきりで……」


「あ、あの、並んでください。順番に……」




 ……この日、私は四人ほど病気の方を治療したようです。


 ようです、というのはすぐに闇の力ドルナを使い果たし、気を失ってしまったからです。アイナさんが私を背負って宿屋まで運び、シャルナートさんが依頼主である領主様に挨拶に行ってくれたそうです。


「ふう。あいたたたた……」


 翌朝遅くに目覚めた私はピンク色の熊さんがらのパジャマを脱ごうとして、頭痛のあまりお婆さんのような声を上げてしまいました。

 お二人にも村の皆さんにも、合わせる顔がありません。私は良かれと思って病気の人を治療したのですが、結局多くの人を救うことはできず、混乱を招いてご迷惑をおかけしてしまいました。




 そうです。シャルナートさんが言った通り、私は後悔してしまったのです。

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