夢魔の館(三)

 床に落ちたぬいぐるみは見る間に膨れ上がり、ついには私よりも、アイナさんよりも大きな茶色熊に姿を変えました。私の大切なお友達、ポンタの本当の姿です。


人形兵ペルチェだと!?お前は何者だ!」


 ポンタはその巨体で女性達を跳ね飛ばし、夢魔インキュバスさんに噛みつきました。形勢逆転と言いたいところですが、私の前には夢魔インキュバスさんに魅了されたアイナさんが立ちはだかります。虚ろな目のまま振り下ろされた大剣は、簡単に私を真っ二つにしてしまいそうです。ですが。


覚醒リベレーゼ黒の大鎌ファルチェ!」


 腰の短剣を抜き放ち合言葉キーワードを唱えると短剣がにわかに闇をまとい、私の身長よりも長い大鎌ファルチェに姿を変えました。大鎌と大剣の刃が噛み合い、きしむような音を立てます。

 小さくても私は魔貴族です、身体能力は人族ヒューメルと比べ物にならないはずです。ですがこのアイナさんの腕力は何事でしょう、体格の違いもあって、少しでも気を抜けば押し潰されてしまいそうです。


「くっ……アイナさん、私です、ロナです。忘れてしまいましたか!?」


 私の声はアイナさんに届かず、力任せに突き放されて刃を交えること数回。これでも腕に覚えはある方なのですが、竜巻のように風を巻いて振り回される大剣をとうとう受け損ねてしまいました。肩口から胸にかけて切り裂かれ、鮮血がこの身から噴き出ていきます。人族ヒューメルならば致命傷となり得るでしょうが、再生能力を持つ私には生命に関わることはありません……当然、限界はありますが。




 夢魔インキュバスさんも若干の再生能力を有しているようで、ポンタが噛みついたり、引っ掻いたりした傷も次第に塞がっていきます。

 それどころか、剣に切り裂かれたポンタの傷口から綿がはみ出しています。賢くて優しいポンタは周りの女性を傷つけないように戦っているので、このままでは勝ち目がありません。




『ロナ、人の血を吸ってはいけません。未熟なあなたが闇の力に頼れば、心まで闇に染まってしまうから』




 お母さんはそう言っていましたが、アイナさんも、ポンタも、大切なお友達です。私が弱虫なせいで友達を失ってしまったら、私は自分を許せなくなってしまいます。


 ごめんなさいお母さん、ロナは悪い子になります。今はどうしても力が欲しいのです。私は大鎌ファルチェで大剣をしっかりと受け止め、渾身の力で抑え込みました。


「し、失礼しましゅ!」


 そしてアイナさんの首筋に嚙みつきました。できるだけ痛くないように、でも血が出るまでしっかりと。褐色の肌に血がにじみ、口の中に塩辛い味が広がります。

 美味おいしくはありません、血の味が好きなわけではありません、吸わなくても生きていけます。ではどうして私達吸血鬼が人の血を吸うのかというと……




「……少々物足りぬぞ、アイナとやら。わらわが欲するは闇の力、お主の血にはけがれが足りぬ」




 我らが血を吸うは、この身に闇を宿すため。人族ヒューメルの血を好むは、その多くが心の闇深きため。


 わらわはロナリーテ、魔貴族に名を連ねし者。

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