小さな吸血鬼さんじゅうにさい(三)

 私が暮らしているこの『闇の城ドルアロワ』は町からずいぶんと離れた深い森の中にあるのですが、さらに半日ほど森を進むと夢魔インキュバスさんが棲む館があるというのです。


 夢魔インキュバスさんは人に夢を見せて連れ去るという魔族で、特に若い女性を好みます。物知りのリーゼロッテはアイナさんの話を聞いて、夢魔インキュバスさんが本当の犯人なのではないか、と思ったそうです。


「じゃあ、その夢魔インキュバスぶっ殺してくるわ」


「はい。お気をつけて」


「案内してくんないの?あたしその夢魔インキュバスって奴の居場所わかんないだけど」


「えええ!?私も行くのですか?」


「だって、ロナちゃんも疑われたままじゃ嫌でしょ?このままだと全部ロナちゃんのせいにされちゃうよ?」


「そ、そうですけど……」


 このお城を出るのも夢魔インキュバスさんに会うのも怖いのですが、アイナさんがようやく名前を覚えてくれて、私のことを心配してくれているのが嬉しかったので、思い切って数年ぶりのお出かけをすることに決めました。




「リゼ、お留守をお願いしますね。お花の水やりは朝のうちに済ませてください。畑のお手入れは必要ありませんけど、もし草が伸びてきたら抜いてください」


 体ばかりか侍女服まで半透明のリーゼロッテは小さくうなずきつつ、着替えを手伝ってくれました。まだアイナさんを警戒しているようで、時折り意味もなくふわふわと浮かんだり、壁の奥に消えたりしています。




 やがて鏡の中で黒髪の女の子がくるりと一回転しました。リゼのおかげでお出かけの準備はばっちりです。

 黒に紫をあしらったワンピース、赤い裏地の黒外套マント、腰の後ろに家宝の短剣、肩には蝙蝠こうもりのピッピ。少し赤みがかった黒い目は、私が吸血鬼のお父さんと人族ヒューメルのお母さんの子供であることの証です。


 最後に、寝台ベッドに並んだぬいぐるみの中から一番大きな熊のぬいぐるみを持ち上げました。背負い袋に入れようとしたのですが、どうしても頭だけが飛び出てしまうのでそのまま背負います。


「その子も連れて行くの?」


「あ、はい。ポンタっていいます」


「へえ、可愛いなあ」


「はい。お気に入りです」


「その子がいないと寝られないとか?」


「ひ、一人で寝られます!子供じゃありませんから」


 夜に一人でおしっこには行けないけど、とつぶやきましたが、心の中だけなのでアイナさんには聞こえなかったはずです。


「ふうん。ロナちゃんは何歳いくつ?」


「三十二歳です」


「十二歳なんてまだ子供だよ!こんな森の中で一人で暮らしてて偉いけど、何でもアイナお姉ちゃんに頼っていいんだからね。さあ行こう!」


「あ、あの、三十二歳……」




 やっぱりアイナさんは私の話を聞かず、大きな背中を揺らして出ていってしまいました。


 ともかく。私は薄暗い『闇の城ドルアロワ』を後にして、陽の光あふれる外の世界に出ることになったのです。

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