小さな吸血鬼さんじゅうにさい(二)

「さて、と。吸血鬼ちゃんにお話があります」


「ひゃい……」


 赤毛の大きな女の人は、腰に両手を当てて私を見下ろしました。思わず床に正座してしまったほどの迫力なのですが、どこか優しさを感じるような気もします。

 そういえば私が小さい頃に悪いことをすると、お母さんが同じ格好でしかってくれました。そう、これは怒っているのではなく、しかっているのです。私が悪い子にならないように心配してくれているのです。


「村から若い女の人をさらって、血を吸うんだって?どうしてそんな事をするの?」


「わ、私、そんな事しません」


「お姉さん怒らないから。さらってきた女の人はどこ?教えてくれたら許してあげるから」


「あの、その、ですから、私そんな事しません……」


 困りました。もしかするとこの人、あまり話を聞かない人なのかもしれません。お母さんもそうだったけど、相手の答えに関係なく話を進めてしまうので、話が噛み合わなくなるのです。




「ずっと前から冒険者ギルドの討伐依頼が出てるんだよ。森の奥の城に若い女の人をさらう吸血鬼が棲んでるって」


「そうなんですか?でも私、何年もここから出ていません。人族ヒューメルさん達が勝手に入ってきちゃったことはありますけど……」


「ふうん……」


 女の人は胸の前で腕を組みました。とても立派な体格で丸太のように太い腕をしているので、その気になれば私なんかチョコチップクッキーのようにさくっと粉々にしてしまえると思います。


「あたしはアイナ。吸血鬼ちゃんのお名前は?」


「えっと、ロナです。ロナリーテ」


「ねえロリちゃん、お姉さんの目を見て。さっき言ったことが嘘じゃないって誓える?」


「あの、ロナです……ロナリーテ」


 やっぱり話を聞かない人だなあ、と思いながらも、アイナさんの青い瞳をまっすぐに見つめました。私は嘘をついていないけれど、嘘つきだと思われたらチョコチップクッキーにされてしまいます。


「じゃあ誰が女の人を……きゃあっ!?」




 アイナさんがまるで女性のような悲鳴を……と思ってしまったのは失礼なので訂正します。


 たぶん、びっくりしたのはリーゼロッテが現れたからです。リーゼロッテはずっとこの城に住んでいる侍女さんなのですが、とっくに亡くなっていて魂だけが残っている亡霊レイエスです。とても臆病なので、アイナさんの悲鳴に驚いて壁の中に隠れてしまいました。


「大丈夫ですよ、リゼ。何か用事があったのでしょう?」


 私の声に恐る恐る顔だけを出したリーゼロッテは、アイナさんを警戒しつつ一言、二言と言葉をつむぎ出しました。それは声にはならないけれど、私にははっきりと伝わります。


「はい、はい。ええと……アイナさん、若い女の人がさらわれたっていうお話でしたよね?心当たりがあるかもしれません」


「本当!?教えて!」


 ……またリゼが隠れてしまいました。この子は大きな声が苦手なのです。

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