小さな吸血鬼さんじゅうにさい

田舎師

第一章 小さな吸血鬼さんじゅうにさい

小さな吸血鬼さんじゅうにさい(一)

 また人族ヒューメルさんがこのお城にやって来たようです。ピッピが教えてくれました。


 あ、ピッピというのは私の肩に止まっている蝙蝠こうもりの名前です。お母さんは「変な名前」と笑っていたけれど、私はそんな事はないと思います。




 前に人族ヒューメルさんが来たのは、一年くらい前だったと思います。確か五人で、この『闇の城ドルアロワ』に住む吸血鬼……私を倒しに来たそうです。お話をしたかったのですが、お互いに緊張していてうまくお話ができませんでした。


 ……とても痛かったです。剣で斬られるのも、突き刺されるのも、光の魔法で撃ち抜かれるのも、痛いに決まっています。どうしてそんな事をされるのか、私にはわかりません。魔貴族の心臓を食べた人はその力を得るというお話があるそうですが、それを信じているのでしょうか。


 でも、あの人達の方がもっと痛かったと思います。黒の大鎌ファルチェで切り裂かれるのも、闇の翼ドルアーラで吹き飛ばされるのも、痛いに決まっています。

 でもそうしなければ、私が殺されてしまいます。その方がいいのかな、などと考えるときもありますが、心の中のお母さんに叱られてしまいます。ロナ、もっと自分を大事にしなさい。あなたは私とお父さんの宝物なのよ、って。




 もうすぐ人族ヒューメルさんがこの部屋にやって来ます。大きな剣を持った女の人が一人だそうです。


 古くて暗くて広すぎる城なのにすごいなあ、と思います。私なんてピッピとポンタがいないと夜中におしっこにも行けないのに。

 中でも一番怖いのは、この『玉座の間』です。たくさんの人族ヒューメルさんが怪我をして、いくらお掃除しても血の染みと匂いが取れません。昼間でも薄暗いので壁の燭台しょくだいに火をともしてあるのですが、音を立てて炎がぜるたびに飛び上がってしまいます。




 コツ、コツ、コツ……足音が近づいてきます。


 やがて大きな影が現れました。夕陽のように明るい赤毛の女性です。金属鎧の下で筋肉が盛り上がっていて、背中に私よりも大きな剣を担いでいて、こんなに大きな女の人は見たことがありません。一瞬ですが食人鬼オーガー一角族コルヌスかと思ってしまいました。


「あなたが吸血鬼?」


「ひゃ、ひゃい!ごめんなさい!」


 そう言いかけて手で口を押えたのですが、もしかしたら声が出ていたかもしれません。

 でもここで負けてはいけません、怖い言葉でおどかせば逃げてくれるかもしれないのですから。赤い裏地の黒外套マントひるがえし、今こそ毎日毎日練習している決め台詞ぜりふを言うべきなのです。


「お、愚かな人族ヒューメルよ!我が城に踏み入った罪、その血であが、あがにゃ……ふええええ、嚙んじゃったぁ~」




 あまりの痛みに涙が出てきました。私の犬歯は吸血鬼らしくとがっているので、舌を噛んでしまうととても痛いのです。


「ちょっと、大丈夫?見せてみなよ、薬塗ったげる」


「ふええ……すみませぇん」




 優しそうな人で良かった、と思います。

 こんな優しい人に血で罪をあがにゃわせるのは良くないと思うのです。

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