第2話 訪れ2

 300年ほどの歴史が刻まれた石畳の廊下を歩きながらエルデは急いだ。結婚?聞いたことがない。そもそも私は騎士団に一生を費やす心づもりで生きてきた。領主様も父もすでに了承済みであり、その事実については揺るがないものだと思っていた。


「おそらくマリエルが聞き間違えたのだろう」

 一人呟きながら歩く。城の長い廊下は、この領地が非常に栄えていることを強調するような造りになっている。嘘か本当か、遥か昔に”勇者が仲間たちと世界を救った”おとぎ話に出てくる城という言い伝えまである。帝国の一領地という扱いだが、実質は帝国の煌びやかな城よりも歴史が深く、至る所に歴史が刻まれていることがわかる。長い長い廊下には過去の領主や家族の肖像画が並んでいる。

 その廊下の先の行き止まりには大きな扉がある。扉の向こうにはカエサル領を長年収めている領主・ダンテ・カエサルの執務室があり、執務室にふさわしい重厚な扉の前に立ち一息ついたエルデは、扉の両隣にいる部下たちに目配せした。


「カエサル様、エルデです」


 しばらくすると、ガタリと椅子が動く音がし、中から扉が開けられた。50代くらいの白髪が多くなった男性がこれまた重厚な机の奥にたち笑顔を向け、話し始めた。


「エルデか。留守の間よく城を守ってくれた」

「はっ、ダンテ様もお変わりなくお過ごしのようで何よりでございます」

「ところで不在の間は何もなかったか?」

「特にございませんが…」


 なくなはい。先ほどのマリエルの話を聞きたい


 そう思ったが、領主不在の間の報告には不要だろうと思い、「平和でした」とぐっと言葉を飲み込んだ。後で父に聞けばいいだけの話だ。しばらく形式ばった報告事項が進む。一通り報告が終わり、エルデが部屋を退出しようと思った矢先にエルデの父であり、騎士団の団長でもあるラグランがダンテに一言伝えた上で言葉を放った。


「エルデ、早速だが王宮から君への持ち帰りの話がある」


 エルデによく似た赤髪の男性は、戸惑いを隠せない目線で伝えた。普段なら絶対にそのような目線を向けることはない。彼は40を過ぎたところだが、屈強な体つきは城内の誰にも劣ることがない。騎士団長を長年勤め上げて来た彼は、今まで領主を守って来たという自負と経験で自信に満ち溢れている…はずでダンテの隣にいる時には絶対にそのような情けない顔つきをすることがない。にもかかわらず、彼は言葉選びを迷っているような、伝える内容を選んでいるような、そんな不安げな声を出して言葉を続けた。


「君に結婚の話が出ている」


 重い口を開けて伝えたのは、マリエルが聞いた内容と同じだった。

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