エルデと魔法使い

栗本燈火

第1話 訪れ1

「エルデ!あんた結婚するんだってね?」


 その知らせをエルデが聞いたのは部下に剣の手入れの方法について指導している時だった。幼馴染で、すでに3人の子持ちであるマリエルは、夫も働いている騎士団の練習場に慣れた態度で遠慮なく入り込み、エルデを見つけると言葉が勝手に口から飛び出ました、と言う勢いで言い放った。

 当然、練習の騎士たちは剣を持つ手を止めてマリエルの周りに集まり始めた。

「副団長が結婚…?お前聞いたか?」

「いやいや、そんな噂なんてあったことないよ。女の子からの熱い告白や求婚なら腐るほどあったけれど…」

「この間、気になってる女の子に勇気出して告白したら、”エルデ様がいいの”でお断りされたんだ…」

「俺もだ…」

「俺たち、エルデ副団長がいなくなったらどうすれば…!」

 団員たちは動揺したが、ほとんどは「嘘だろ?」と全く信用しない者の方が多かった。そして一斉に唾を飲み飲み、副団長であるエルデに目を向けたのだった。


「結婚…?」

 皆の注目を浴び、首を傾げてエルデは問いた。赤い長い髪を雑にひとまとめにしているため、首を傾げると流れるように髪が傾げた首に流れた。キラキラと赤い髪は光り輝き、先が少しクセのように丸まっているそれは大陸の大きな運河のようにサラサラと肩から滑り落ちていく。さらにスラリと背が高く、男性の平均かそれ以上の身長を持ったエルデが首を傾げ、風を切ったような切れ長の赤くて金色の目をマリエルに向けると、彼女の周りにいるエルデを見に来た女性たちはそろって頬を染めた。

「エルデ、あなたって人は相変わらずの人たらしね」

「なにが?」

「気づいていないところもあなたらしいわ。まあいいわ、聞いていないの?エルデ。私はあなたのお父上ラグラン様から聞いたのだけれど、そう、悪かったわ、まだ聞いていないのね」

 マリエルは、はぁとため息をついてエルデを見上げた。

「父は…しばらく領主様の護衛のために王都にいたし、今日帰ってきたと言うことも今初めて聞いたよ」

「そう、今の話はとりあえず聞かなかったことにしてちょうだい。あなたは何も聞いていないし、何も見てもいない、それでいい?」

「マリエル、、、、君はいつも都合の悪いことはそういうけれど、もう聞いてしまったことは聞かなかったことにはできないよ。一体私になぜそんな話が来ているの?」


 エルデは全く身に覚えがなかったし、誰かと恋愛関係になるということは過去一度もなかった。そもそも、剣一筋で生きてきてもう30年近くになる。父と共にカエサル領の騎士団副団長として、そして10年以上騎士団に捧げてきたその身は騎士道にそれた行いは何一つしていない、と思っている。


— 父がそのようなことを勝手に決めてくるというのもおかしな話だ。


 そう判断したエルデは、「帰還したのであれば、領主様と団長に帰還のご挨拶をしてくる」と言い残し、城へ向かった。


「マリエル、それは一体どこで聞いた話なんだ?」

 ざわつきだけを残した練習場で彼女の夫は困ったように聞いた。ちょうどエルデが去った後、すれ違うように領主ご一行が帰還した、と連絡係から伝達があり団員はそれぞれ迎えの準備を始めた頃だった。

「ちょうど門を潜ったところで領主様とラグラン様とすれ違ってね、礼をしている私の前を慌てたように通り過ぎた時に”結婚の話をエルデに”と言っていたのを聞いたのよ」

「いつも冷静で鬼のよう…というのは言い過ぎ、、、だが、落ち着いているあの方がそんなことを人がいる前で漏らすなんてなぁ。これは一大事だぞ」

「その前によ!エルデはとってもモテるし、性格もいいし、かっこいいけれど」

「お前の初恋だもんな」

「そうよ!でも」

「お前の言いたいことはわかる。結婚すると言ったら、ここを辞めてどこかに嫁ぐ可能性があるってことだろう?エルデは」

「そう、女性だから。政治的な話で結婚するならば、そいういうことになるわ」


 マリエルはエルデのまっすぐな性格を思い出し、空を見上げた。彼女の結婚が嘘でありますように…彼女が結婚するならば、自分から願い出た形となって欲しいと願った。

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