第14話 新しい家族です!?
キツツキさんに案内されて、私たちは森の中を進みます。
やがてたどり着いたのは、私が長老さまたちから置き去りにされた場所でした。
そこには巨木の根を椅子代わりにし、花嫁衣装を着た少女が座っています。
突然姿を見せて驚かせないように、まずは木の陰からこっそりと様子をうかがいます。
うつむいているので顔はよく見えませんが、小さな女の子だということはわかりました。髪は金色をしています。
……うん? 金色?
「なんだ。まだ年端の行かぬ子どもではないか」
銀狼さんがそう呟いた時、少女が大きく息を吐きながら顔を上げました。
その顔に見覚えがあった私は、木の陰からたまらず飛び出します。
「もしかして、ティアナですか?」
「え、コルお姉ちゃん?」
その金色の瞳が私の姿を捉えた時、その子はまるで幽霊でも見たかのような表情を見せました。
「怖がらなくても大丈夫ですよ。私、幽霊とかじゃないですから」
「う、うん……でも、コルお姉ちゃんは銀狼さまの花嫁になったんだよね?」
「そうですが、色々あって、こうして元気でいます」
努めて明るく言って、銀狼さんと一緒に彼女に近づいていきます。
この子はティアナ。村の外れにおばあさんと一緒に住んでいた女の子です。
一年前におばあさんが亡くなってからは村の皆で面倒を見ていて、健気に畑仕事を手伝っていたはずですが、どうしてこの子が銀狼の花嫁に選ばれてしまったのでしょう。
「ティアナは、銀狼の花嫁に選ばれたのですよね?」
「うん。エモノがとれなかったのは、銀狼さまの怒りなんだって。だから花嫁になって、怒りを沈めてきなさいって言われたの」
その場にかがみ込み、目線の高さをティアナに合わせながら問うと、彼女は伏し目がちにそう言いました。
つまり、猟期の間に獲物がほとんど獲れず、村の蓄えが不足していると。
銀狼の花嫁には、厄介者を村から追い出す口減らしの意味もあるので、身寄りもなく、村で面倒を見ていたティアナが選ばれたのだと思います。
「まったく理解に苦しむ。我は別に怒ってなどおらんぞ」
一方の銀狼さんは首をかしげ、不思議そうな顔をしています。これも村人たちの勝手な想像なのでしょう。
そんな中、私は一人ショックを受けていました。
森の仲間たちを守ろうと、彼らを安全な森の奥へ誘導しましたが、それが結果的に村の食糧不足を招き、新たな銀狼の花嫁を生み出すことになってしまうとは。
「ところで、この少女はコルネリアの知り合いなのか?」
「はい。同じ村の子です」
「……コルお姉ちゃん、この男の人、誰?」
その時、ティアナが初めて銀狼さんを見ました。
「この人は私の旦那さんで、銀狼さんです」
隠していてもしょうがないので、そう説明します。
「銀狼さま、わたしを食べてください」
するとティアナは一瞬動揺したあと、そう言って彼の前にひざまずきました。
「我は人を食べないのだ」
彼は困った顔でそう伝えますが、ティアナには伝わっていない様子でした。
銀狼さんを含め、森の動物たちの言葉は私にしかわからないのです。それも当然でしょう。
「ティアナ、安心してください。銀狼さんは人を食べないのです」
「そ、そうなの……?」
「私が動物とお話ができるという話はしたことがあるでしょう。この森で森の聖女となった私は、銀狼さんを説得したのです」
「……コルお姉ちゃん、すごい」
「説得も何も、我は始めから人は食わんぞ」
「いいから話を合わせてください」
隣で不満顔をする彼に小声で言います。今は、ティアナに銀狼さんが怖い存在でないとわかってもらうことが先決です。
「でも、この人が本当に銀狼さまなの? 狼じゃないよ?」
「人の姿にもなれるのです。人は食べない、優しい狼なのです。ほら」
そんな疑問を口にするティアナに対し、彼女の目の前で銀狼さんに本来の姿に戻ってもらいます。
続けてその場で寝っ転がってもらい、私はティアナを安心させるように、銀狼さんに抱きついてみせました。
「触っても、大丈夫なの?」
「もちろんですよ」
初めて見るであろう巨体におずおずと近づき、慎重にその毛並みに触れます。
「……もふもふ」
「くすぐったいのだが」
「銀狼さま、なんて?」
「くすぐったいって」
「ふふっ……」
緊張が解けたのか、ティアナはようやく笑顔を見せてくれました。
やはり、もふもふの力は偉大です。
「でも、銀狼さまの怒りが収まらないと、村に食べるものがないの」
「さっきも言ったが、我は怒ってなどいないのだが」
ティアナに撫でられながら、銀狼さんはため息をつきました。
「それなのですが……銀狼さん、森の食料にしばらく余裕はありますか?」
そんな彼女の様子を見つつ、私は銀狼さんの大きな耳に耳打ちをします。
「確認してみないとわからんが、今年は木の実が豊作だ。おそらく足りているだろう。それがどうかしたのか」
「このままだとティアナが納得してくれそうにないので、森の食料の一部を村に分け与えようかと」
「我としてはそれで構わないが、コルネリアはいいのか」
「村を追い出された恨みがないとは言いませんが、これはティアナのためです」
「わかった。それならば、余っている食料を集めるようにゴローに伝えておこう」
「ありがとうございます」
銀狼さんにお礼を言って、私はティアナに向き直ります。
「銀狼さんと相談して、森の恵みの一部を村に送ることにしました。そうすれば、村の皆は食べるものに困らなくなります」
「……そんなことができるの?」
「できますよ。私は森の聖女だと言ったでしょう?」
「コルお姉ちゃん、ありがとう!」
笑顔でそう伝えると、ティアナも弾けるような笑顔を向けてくれました。
抜本的な解決にはならないかもしれませんが、少なくともティアナの不安は払拭されるでしょう。
「それでコルネリアよ、この娘はどうするのだ」
すっかり安心したのか、物怖じせずに銀狼さんの尻尾を触りだしたティアナを微笑ましく見ていた時、銀狼さんが声を低くして言いました。
「そうですね……ティアナ、少し待っていてくださいね」
銀狼さんに一旦人の姿になってもらい、ティアナをその場に残して場所を移動します。
「……正直、あんな小さな子だとは思っていなかったので、私も困惑しているのです」
大きな木の陰に二人で隠れながら、私は言葉を紡ぎます。
「銀狼の花嫁は、それこそ私のように成人した女性だとばかり思っていたのです。数日間保護したあと、山の向こうの街まで連れて行ってあげればいい……そんなふうに考えていました。ですが、あの子は幼すぎます」
木の陰から、切り株に腰を下ろしているティアナを覗き見ます。
仮に街まで連れて行ったとして、小さな女の子が一人で生きていくのは難しいでしょう。施設に預けることになるか、奴隷同然に働かされるか……どちらにしても、不幸な未来しか見えません。
「それなら答えは一つだ。森の子として育てればいい」
「森の子?」
「そのままの意味だ。コルネリアの村の者たちがしていたように、森の皆であのこの面倒を見るのだ」
その言葉を聞いて、私はかつて母に聞いた話を思い出しました。
それは、動物たちに育てられた人間の子どもの話。
おとぎ話かと思っていましたが、銀狼さんの口ぶりからして、実際にある話のようです。
「つまり、あの子を引き取る……ということでいいのですね」
「それで構わん。我らの言葉がわかるコルネリアがいるのだし、お前が間に入ることで彼女も安心して森で暮らせるのではないか?」
「それはまぁ、そうでしょうけど」
「それに、我とコルネリアの間には子どもは生まれぬ。ならば、あの子を我らの子として育てようではないか」
「はい!?」
「……コルお姉ちゃん、どうしたの?」
思わず大きな声を出したその時、心配になったのか、ティアナが駆けるようにこちらにやってきました。
「ちょうどいい。コルネリアよ、我々の子どもになるように伝えてくれ」
「……それ、私が伝えるのですよね?」
「当たり前だろう。我の言葉は、この娘には聞こえぬのだからな」
「わ、わかりました……ティアナ、銀狼の花嫁に選ばれたということは、もう村には戻れません。それは知っていますよね?」
「うん……」
言葉を選びながらそう伝えると、彼女はとたんに表情を曇らせます。
「だからティアナ、私と銀狼さんの子どもとして、この森で一緒に暮らしませんか?」
「えっ?」
予想していない言葉だったのか、彼女はその大きな目を見開きます。
そして私と銀狼さんを交互に見たあと、しっかりとうなずいてくれました。
……こうして、私たちに新たな家族ができたのでした。
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