第13話 料理修行と、新たな花嫁さんです!?
森に日常が戻って、一週間ほどが過ぎました。
午前中の診察を終えた私は、銀狼さんと一緒に食卓を囲んでいます。
「どうだ。我の作ったパイ生地はさすがだろう」
きつね色に焼けた魚のパイを前に、銀狼さんが自画自賛していました。
先日の約束通り、最近は彼に料理を教え……もとい、手伝ってもらっています。
ちなみにこのパイを焼いたのは私です。銀狼さんは私の指導のもと、小麦粉からパイ生地を作ってくれただけです。
「コルネリア、こっちの料理は何だ」
「それはきのこのキッシュです。同じパイ生地を使っているのですよ」
「匂いはうまそうだが……この中にきのこが入っているのか?」
「そうです。こちらもおいしいので、食べてみてください」
先日街に買い物に行ったことで、食事も一気に豊かになりました。やっぱり小麦粉は偉大です。
「うむ。うまい。これに比べると、我の作った生地は粉っぽい気もするな」
「それでも、初めて作ったにしては上手ですよ。私がパイを作った時なんて、お母さんに消し炭のパイと……いえ、なんでもありません」
嫌な過去を思い出しそうになって、慌てて会話を打ち切ります。
その後は対面に座る彼がおいしそうにキッシュを頬張るのを、ただただ満足げに見つめていました。
過去に苦い経験をしたおかげで、今は料理に自信がありますが、かつての村では食べてくれるような人もいませんでした。おいしいと言って食べてくれる人がいるだけで嬉しいものです。
「我ばかり食べているぞ。コルネリアは食べないのか?」
「へっ? た、食べます食べます。いただきます」
不思議そうな顔で言われて我に返り、食事を再開します。
銀狼さんの作ったパイ、確かに粉っぽいですが、これはこれで個性があっていいと思います。
料理よりもお菓子系に向いていそうなので、次は彼と一緒にアップルパイを作ってもいいかもしれません。
◇
お昼からはよほどの急患が入らない限り、銀狼さんの勉強の時間にあてます。
いつしか、これが日課になっていました。
「ううむ……文字を書くというのは手が疲れるな。人間はこれを、幼い頃から当然のようにやっているのか?」
「村では読み書きができる子のほうが少なかったですよ。学校もなかったですし、一部の大人が教えていました」
「大人か。コルネリアは母君に習ったのか?」
「そうですね。利発的な人で……文字だけじゃなく、家具の修理方法から料理……獣医としての知識まで、色々なことを教わりました」
「なるほどな。我とコルネリアが夫婦になれたのは、母君の導きというわけか」
「え? どうしてそうなるのです?」
「お前が獣医としての知識を持っていたからこそ、我を助けることができたのだからな」
そう言われて、私ははっとなりました。
いくら動物の言葉がわかったとしても、怪我をした銀狼さんの治療ができなければ、今のような関係になることもなかったでしょう。
それだけでなく、最悪傷が化膿し、銀狼さんは命を落としていたかもしれません。
「だからこそ、我は感謝している。お前にも、その母君にもな」
彼のそんな言葉を耳にした時、心の中に温かいものが広がっていきます。その意味を十分に噛み締めながら、私は改めて母に感謝したのでした。
「ほ、ほら銀狼さん、手が止まっていますよ。まだ初歩中の初歩なのですから、頑張りませんと」
続いて浮かんできた感情を隠すように、私は大きな声で言います。
すると彼は思い出したように、手元のノートに羽ペンを走らせます。
「頑張ってあの本を読めるようにならねばな」
そう言って彼が視線を送るのは、戸棚の上に置かれた本。街の本屋で買ったもので、表紙に『新婚生活大全』とでかでかと書かれています。
やる気になるのはいいことですが、最終目標がアレというのは、一抹の不安を覚えてしまいます。
「銀狼さまにご報告! 銀狼さまにご報告!」
その時、けたたましい声を上げながら一羽のキツツキが窓辺にやってきました。
「何事だ、騒々しい」
「また銀狼の花嫁が現れました!」
「え、また?」
まさかの単語に、私は一番に反応してしまいました。
あの忌まわしき村の習わし……つい一月ほど前、私を送り出したばかりのはずですが。
「その情報は確かなのか」
「この目でしかと見ました! コルネリア様と似たような白い衣装を身にまとっております!」
両翼を羽ばたかせながらキツツキさんは言いました。
この森に新たな銀狼の花嫁が送り込まれたことに、どうやら間違いはないようです。
「やれやれ……我は人を食わんというのに。人間の考えることはわからん」
「まったくです」
思わず同意してしまいますが、私も人間でした。
「ともかく、その人を保護してあげましょう。きっと不安を感じているはずです」
「コルネリアがそうしたいのなら、そうするとしよう」
銀狼さんはすぐに同意してくれ、羽ペンを置いて立ち上がります。
「キツツキさん、その花嫁さんのところへ案内してください」
「かしこまりました! こちらです!」
そう言うと同時に窓枠から離れたキツツキさんを追いかけて、私たちは小屋を飛び出したのでした。
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