第15話 家族の時間です!?


「……よっこらせ。先生さん、これでいいんですかい?」


「ゴローさん、ありがとうございます。それでは、人に見られる前に戻りましょう」


 先日ティアナと約束した通り、大量の木の実や果物を用意し、夜のうちに村の入口へ運んでおきました。


 しばらくはこれでなんとかなるでしょう。


  ◇


 そんな第二の花嫁騒動から二週間ほどが経過し、森は再び静かな日常を取り戻していました。


「銀狼さん、もふもふー」


「ティアナよ。いつまでもくっついていられると困るのだが」


 一緒に暮らすようになって、銀狼さんとティアナはすぐに打ち解けました。


 今日も私が午前の診察から帰ってくると、二人仲良く庭で寝転んでいました。


「ティアナ、銀狼さんといつまでも遊んでいないで、一緒にお勉強してください」


「わかった……コルお母さんは何するの?」


 私に対する呼び方も、いつしか『コルお姉ちゃん』から『コルお母さん』に変わっていました。


 そう呼ばれるたび、くすぐったいような、不思議な気持ちになります。


「私はお昼ごはんを作ります。ごはんができるまでの間、銀狼さんとお勉強を頑張ってください」


 扉を開けながら言うと、ティアナは渋々といった様子で起き上がり、私の後ろについてきました。


 それに少し遅れて、銀狼さんも人の姿になって家の中に入ってきます。


 その二人が机につくのを確認して、私はかまどに向かいました。


 ……実は今、ティアナは自分の勉強の傍ら、銀狼さんの読み書きの先生もしているのです。


 彼女の祖母が元教師だったということもあり、ティアナは村の子どもでは珍しく、読み書きができました。


 銀狼さんの通訳として、時々私が間に入る必要はありますが、まさかの師弟関係が完成していました。


 この関係のおかげで、二人の距離が一気に縮まったと言っても過言ではありません。


『ティアナよ。ここはこれであっているのか』


「こっちは正解。けど、こっちはちがう」


 銀狼さんが示したメモを見たあと、ティアナはそう言いながらマルとバツをつけていきます。


 ここ最近、基礎的な文字を全て覚えた銀狼さんは、筆談でティアナとやりとりすることができるようになりました。


 これで言葉が通じなくても、ある程度の意思疎通は可能でしょう。


「いやー、いい匂いですな。これはきのこですか」


 ぐつぐつと鍋が煮立ってきたころ、クマのゴローさんが窓から顔を覗かせます。


「ゴローさん、こんにちは」


「なんだ、ゴローか。勉強の邪魔をするでない」


 その姿を見たティアナが挨拶をする一方、銀狼さんはそっけない態度でした。


 ゴローさんは見た目がかなり怖いので、それこそティアナも最初は怖がっていました。


 けれど、すぐに優しい性格だとわかり、今は彼の背に乗って遊びにいくことすらあります。彼女も森の子として、立派に成長しているようです。


「ゴローさん、どこかにお出かけですか?」


「リスたちから森の南に、たくさん栗が生っている場所があると教えてもらったんですわ」


「そうなのですね。ゴローさん、栗拾いに行くそうですよ」


「いいなぁ、わたしも行きたい」


 ゴローさんの言葉をティアナに伝えると、羽ペンを指先で弄びながらそんなことを言います。


「少し遠いんで、さすがに無理ですなぁ。たくさん採れたら、おすそわけしますわ」


 彼は苦笑しながらそう言って、私もありのままをティアナに伝えます。彼女はあからさまに肩を落としていました。


「そうがっかりしないでくだせぇ。そうだ。最近、ここから小川に向かう途中に花畑ができているのを見つけたんです。お昼からは、そこに行ってみては?」


「お花畑ですか? 以前探索した時にはそんなもの、ありませんでしたが」


 「近ごろは温かいですからねぇ。ちょうど日の当たる場所があって、一気に咲いたんじゃないですか。まぁ、気が向きましたら」


 そこまで言って、ゴローさんは去っていきました。


「どこかにお花畑があるの?」


 私の言葉から察したのか、ティアナが目を輝かせます。


「どうやらそうみたいですね。せっかくですし、お昼から三人でその花畑に行ってみましょうか」


「うん! 楽しみ!」


 うきうきした様子で羽ペンを走らせるティアナを見たあと、私も調理を再開したのでした。


  ◇


 そして、その日の午後。


 予定通り、ゴローさんに教えてもらった花畑へと向かいます。


「わー、すごーい!」


 小川へ向かう獣道を少し逸れると、彼が言っていた通り、日当たりのいい場所がありました。


 そこ一面に、無数の黄色い花が咲き誇っています。


「……これはすごいですね。全部、リックの花じゃないですか」


 小走りに花畑へ飛び込んでいくティアナの背を見ながら、思わずため息が漏れます。


 これは私の家名であるヘンドリックの由来にもなっている花で、村の中ではめったに咲いていないのです。それが、こんなにたくさんあるなんて。


「コルお母さん、これで冠作れる?」


 瞳を輝かせて、ティアナが言います。


「冠……花の冠ですか? 作れるとは思いますが」


 リックの花の茎はシロツメクサに似ていて丈夫なので、編むのは可能だと思います。


 ただ、数が少ない花なので、私も実際に作ったことはありません。


「じゃあ、手伝ってー」


 すでに何本かの花を手にしたティアナからせがまれ、私は花畑の中に座り込んで花の冠を作り始めます。


 花冠を作るなんて、小さい頃に母とやって以来ですね。


 まず、リックの花を二本束ねて芯を作り、茎が上にくるように巻きつける……。


 その工程を思い出しながら、ティアナと一緒に花の冠を作っていきます。


「あ、折れちゃった……むずかしい」


「少し時間を置いたほうがいいかもしれませんね。そうしたら、折れなくなります」


「……楽しそうなのはいいことだが、この花、食べられはしないのだろう? 無意味ではないのか?」


 一方の銀狼さんはあまり興味がないのか、私とティアナが作業するのを隣に座って眺めています。


「確かに食用にはなりませんが、決して無意味ではありませんよ。これはいわゆる、家族の時間です」


「家族の?」


「そうです。家族の愛情を育むには、このような時間も必要なのです」


 かくいう私も、かつて母から教わったことをそのまま伝えているだけなのですが。


「というわけで、銀狼さんも一緒にやりましょう。こうして、こうです」


「こうか……? むう、千切れた」


「銀狼さん、力入れすぎー」


「本当ですよ。これだから男の人は」


「あ、案外難しいものだな……」


 ……そんなふうに四苦八苦しつつも、私たちは三人で力を合わせて、花の冠を完成させました。


「やったー! できたー!」


 ティアナはできあがったそれを、嬉しそうに頭上高くへと掲げます。


「花を編みこむだけで、立派な冠ができるものだな」


「はい、銀狼さん!」


 そしてその冠を、精一杯背伸びをして銀狼さんの頭へと被せました。


「……これを、我に? 自分で被ればいいのではないか?」


 少し驚いた顔でそう言った銀狼さんの言葉を、そのままティアナに伝えます。


「森の主さんだから、王冠は必要だよー」


 すると満面の笑みを浮かべながら、ティアナは言いました。


 それを聞いた私は、胸の奥がとても温かくなります。


 彼女が知っているかはわかりませんが、リックの花の花言葉は『家族の絆』なのです。


 私たちはここで改めて家族になれたような、そんな気がしました。


  ◇


 ……その後は暖かな午後の日差しを浴びながら、元の姿になった銀狼さんと三人で穏やかな時間を過ごします。


「銀狼さん、もふもふー」


「もふもふですねー」


 私とティアナは、左右から銀狼さんを挟むように抱きついています。


「コルネリアよ、これも先程言っていた、家族の時間なのか?」


「そうです。家族の時間に、もふもふは大事です」


「大事なの!」


「お前たち、似たもの同士だな。こうなると我は動けぬのだが」


「動かなくていいのです。父親は、家族との時間を大切にするものです」


「そんなものなのか?」


「そうです。動物の父親は育児に関わらない場合もありますが、人間は違います。妻や子どもは、命に変えても守るべきです」


「命に変えても……か。わかった。肝に銘じておこう」


 半分まどろみながら、そんな会話をします。


 風は心地よく、リックの花のかすかな香りが鼻孔をくすぐります。このまま眠ってしまいそうです。


「……せ、先生さん! よかった! まだここにいてくれましたか!」


 その時、聞き知った野太い声がしました。


 そのただならぬ声色に体を起こしてみると、そこには腕を血まみれにしたゴローさんが必死の形相で立っていました。

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