第6話 まさかのお隣さん登場です!?


 屋根の修理を無事に終えた私たちは、持っていた食料でお腹を満たし、その家で一夜を明かしました。


 そして翌日。


「おはようございます。銀狼さまの新居はこちらですかい?」


 日の出と同時に、扉の向こうから野太い声が聞こえてきました。


「は、はいはい。そうですが……って、ひっ!?」


 寝ぼけ眼のまま扉を開けると、そこには私の身長の倍はあろうかという、巨大なクマさんが立っていました。


 褐色の毛に覆われていて、過去に狩人にでも襲われたのか、その額には十字傷があります。


「おお、あなたが銀狼さまの結婚相手ですかい? このたびはおめでとうございます」


 予想外の来客に直立不動になっていると、そのクマさんはそう言いながらペコペコと頭を下げてくれました。


 見た目は怖いですが、すごく物腰の柔らかい方です。


「こ、これはご丁寧にどうも……ところで、どちらさまでしょうか」


「誰かと思えばゴローではないか。こんな早朝から何用だ」


 私が困惑していると、背後から銀狼さんの声が聞こえてきました。


「これは銀狼さま。ご結婚なされたと伺いましたので、お祝いの品をお持ちしたんですわ」


 そう言うクマさん……ゴローさんは、その両手いっぱいに大量の果物や木の実、きのこを抱えていました。


「余計な気など使わず、子どもらに食わせてやれば良いものを……」


「あらあら、子どもたちの分は別に取ってありますから、遠慮なく受け取ってくださいな」


 銀狼さんが呆れ顔でそう言った時、ゴローさんの背後からもう一頭のクマさんが現れました。


 声の感じから、女性のようです。


「コルネリアさま、つまらないものですが、こちらをどうぞ」


 彼女は続けてそう言い、大きな葉に包まれた何かを手渡してくれます。


「川で獲れた魚です。ちょっと爪の跡がついているのもありますが、大目に見てくださいね」


「い、いえいえ、助かります。ありがとうございます」


 笑みを浮かべながら言う彼女にお礼を言って、私は魚を受け取ります。


「妻のカエデは魚捕りが上手いんですわ。聖女さま、魚が食いたくなったら言ってくだせぇ」


 魚を素手で捕まえるなんて、さすがクマさん……と私が内心驚いていると、ゴローさんが彼女をそう紹介してくれました。どうやら彼らは夫婦のようです。


「キツツキたちに聞きましたぜ。コルネリアさまは奇跡の力で、銀狼さまの傷を癒したそうで」


「へっ? 奇跡というか、あれはただ治療をしただけで……」


「あら、そんな謙遜しなくても大丈夫ですよ。我々の言葉がわかるというのも本当のようですし、まさしく森の聖女さまですね」


「本当だなぁ。聖女さまだ」


 ゴローさんとカエデさんは顔を見合わせて、うんうんとうなずいています。


 森の聖女なんてものになった覚えはありませんし、妙な勘違いをされているようです。


「お前たち、コルネリアは聖女ではなく、医者だぞ」


 どうやって誤解を解こうか考えあぐねていると、銀狼さんがそう訂正してくれました。


「はー、お医者様ですかい。うちの息子は元気が良すぎてすぐ怪我しちまうんで、お世話になることがあるかもしれんですね」


 彼の言葉を聞いて、ゴローさんが感心したような声を出します。


「そういうのでしたら対処できると思います。これだけ食料を分けていただいたのですし、もし何かあれば、私のところに来てください」


「それは助かりますなぁ。オイラたちのねぐらはすぐ近くなんで、困ったことがあったらいつでも呼んでくだせぇ。すぐに駆けつけますわ」


 最後にそう言い残し、ゴローさんたちは去っていきました。


 ねぐらが近いということは、ご近所さんということになるのでしょうか。


 クマさん一家がご近所さんだなんて、頼もしいような怖いような……そんなことを考えながら、私はお祝いにもらった品々を戸棚にしまったのでした。


  ◇


 身支度を済ませてから、朝食の準備に取り掛かります。


 せっかくなので、いただいた魚を食べることにしました。


「銀狼さん、魚が穫れるということは、近くに川があるのではないですか?」


「川か。言われてみれば、どこからか水の匂いがするな」


 尋ねてみると、銀狼さんはそう言って鼻をひくつかせます。


 私にはまったくわかりませんが、彼にはわかるのでしょう。


「魚の下処理に水が必要なので、案内してもらえますか?」


「わかった。こっちだ」


 やがて場所を特定したのか、彼は小屋を出て歩きだしました。私も一緒になって、森の中へと分け入ります。


 道なき道をしばし歩くと、小川が現れました。


 村で水源にしている川の支流のようで、生活排水に汚れておらず、澄み切っています。


 手元にあるのと同じ種類の魚が泳いでいるのも見えますし、カエデさんはここの魚を獲ったのでしょう。


「家の近くにこんなきれいな川があったのですね。これなら、飲み水にも困らなさそうです」


 そう言うが早いか、私は持ってきた魚を川の水で洗い、工具セットの中に入っていたナイフを使って下処理をします。


「内蔵は捨ててしまうのか。一番うまいところだと思うのだが」


「匂いがきついですし、そこから痛んでしまいます。私がお腹を壊したら、どうしてくれるんです?」


「それはまずいな。もったいない気もするが、コルネリアが言うのなら、それに従おう」


 そう言いつつも、銀狼さんは捨てられゆく内臓をどこかもの悲しげに見ていたのでした。


  ◇


 下処理が終わった魚を持ち帰り、木の棒に刺してかまどの火で焼きます。


 ちなみに火起こしにはその辺りに落ちていた木の枝を使い、落ち葉を集めて作った種床に火種を落として大きくしました。


 村では火を灯し続けるための油も貴重なので、火起こしは毎日するのが普通です。


 木造の建物ばかりなので火災を防ぐという意味もあるのでしょう。


 そんな事情もあって、村の子どもたちは物心ついたころから、競うように火起こしの練習をするのです。


 私も幼少期から火起こしは得意で、火起こしコルちゃんの異名で呼ばれたこともありました。


「……その炎は建物に燃え移ったりしないのだろうな?」


 私が魚の焼け具合を見ている中、銀狼さんは部屋の隅で縮こまっていました。


 どうしたのかと不思議に思いましたが、どうやら動物の本能で火が怖いようです。


「レンガで覆われているので大丈夫です。そんなに離れなくても平気ですよ」


「そ、そうか。なら、いいのだが」


 思わず苦笑しつつそう伝えると、彼はへっぴり腰でそばにやってきて、しっかりと私の手を握ってきました。


 ……心なしか、その大きな手が震えている気がします。


「だから平気ですってば」


 半ば呆れながら、私はその手を優しく握り返しました。


 人間離れした身体能力を見せたかと思えば、火を怖がったりと、銀狼さんはどこか可愛いところがあります。


 ぶっきらぼうですが、私のことを一途に思ってくれているのは伝わってきますし、いつしか彼の隣が居心地いいと感じている私がいたのでした。


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