第3話 銀狼さんとの刺激的な新婚生活です!?
「ちょ、ちょっと! どうして服を着ていないのですか!? せめて隠してください!」
「隠す? 何をだ?」
「いやその立派なものを……ああもう、動かないでくださいよ!」
私はできるだけ見ないようにしつつ、バスケットの中に入れていた布を彼の腰に当てます。
まさかとは思いますが、この人……いや銀狼さん、羞恥心がないのでしょうか。
ちなみに人の姿になっても、その右足には包帯が巻かれていました。どうやら怪我はそのままのようです。
「姿形を変えられるのなら、その力で服も作れないのですか?」
「服……人間の体を覆っているものだな。考えたこともなかった。やってみよう」
そう言うが早いか、銀狼さんは再び淡い光に包まれます。
ややあってその光が収まると、彼は革製のズボンに黒いチュニックをまとった姿になっていました。
改めてその全身を見て、私は言葉を失います。
「森にやって来る狩人たちの服装を真似たのだが、どこかおかしいだろうか?」
そんな私の態度が気になったのか、彼は不安げにそう言いました。
「いえ、そういうわけではないのですが……」
人の姿になった銀狼さんはスラッと背が高く、片目を隠すような銀髪と、その間から覗く碧色の瞳が印象的です。
その容姿に見惚れてしまっていた……とは、口が裂けても言えませんでした。
「と、ともかく、一緒に暮らすというのなら、日が暮れる前に早急に寝床を確保したいのですが」
「少し進んだところに我の寝床があるが、そこでは駄目か?」
「寝床……一度、見るだけ見てみましょう」
彼の言葉に一抹の不安を感じながらも、私はそこへ向かってみることにしました。
◇
彼の寝床へ向かう道すがら、先ほどの白骨が目につきます。
「一つお聞きしますが、この方は銀狼さんが襲ったわけではないのですよね?」
「無論だ。我は人を食わんと言っただろう。言葉こそ通じぬが、全員、追い返している」
彼は遺体を一瞥してそう言いました。
ということは、この方は村にも帰れず、森をさまよった挙げ句にここで息絶えた……ということでしょうか。あまりに、不憫です。
「弔います。埋葬を手伝ってください」
もしかしたら、私も彼女と同じ運命を辿っていたかもしれない……そう考えると、素通りすることはできませんでした。
「わざわざ土に埋めるのか? 森に住む者として、自然に任せるべきだと思うが」
「人間とはそういうものです」
「……よくわからぬが、お前がするというのなら手伝おう」
彼はそう言うと、私の見様見真似で土をかけてくれます。道具もなかったので、彼が手伝ってくれて本当に助かりました。
そんな彼女の埋葬を終え、森の中をしばし歩くと、やがて開けた場所が見えてきました。
周囲に木も生えておらず、陽光が一面の落ち葉を照らしています。
「ここが我の寝床だ。日当たりは良いぞ」
「確かに日当たりは最高ですが……却下です」
「何故だ」
「せめて屋根がほしいです。雨が降った時はどうしているのです?」
「普段は大樹の下で雨宿りをしているな」
「雨に濡れたら風邪をひいてしまいます。せめて、きちんと屋根のついた家に住みたいです」
「ふむ……せっかくの花嫁が体調を崩したら我も困るな。人が住めるような住居か」
体を抱きながら、懇願するような目で見ると、銀狼さんはしばし考え込みます。
「森の奥に、かつて人が住んでいた古い小屋がある。見に行ってみるか?」
やがて思い出したように言い、うっそうとした森の奥を指差しました。
私はうなずいて、彼のあとに付き従ったのでした。
◇
道なき道を歩いていくと、やがて草木に埋もれるように小さな家が見えてきました。
木造の建物は雨風にさらされ、その壁には無数のツタが絡みついています。
窓も扉も木の板で塞がれていて、屋根にはいくつもの穴。煙突のようなものも見えますが、そこからはなんと木が生えていました。
「この小屋、何に使われていたのでしょうか」
「かつては狩人たちが使っていたようだ。もう10年は前の話だが」
言われてみれば、そんな小屋を森の中に作ったという話を聞いた覚えがあります。
すぐに使われなくなったそうですが、建物は取り壊されずに残っていたようです。
自分の腰ほどの背丈の草をかき分けながら小屋へ近づいていくと、足裏に時折硬い感触がありました。
草に覆われて見えませんが、飛び石があるようです。
「どうだ。ここなら住めそうか?」
がさがさと草をかき分けながら、銀狼さんが尋ねてきました。
「屋根の穴に煙突の木……直す場所は多々ありますが、先ほどの場所よりは良さそうです」
「そうか……なら、ここに住むとしよう」
どこかもの悲しそうに、銀狼さんが言いました。
もしや、文字通りご自身の愛の巣に私を引き込みたかったのでしょうか。
「とにもかくにも、まずはこの草をどうにかしましょう。家に近づくこともできません」
私はそんな銀狼さんをあえて流し、目の前の草を掴みます。
「いたっ……!」
そして力任せに引き抜こうとするも、中に鋭い葉があったのか、指を切ってしまいました。
「怪我をしたのか。見せてみろ」
その直後、銀狼さんが素早く寄ってきて、傷を見せるように言ってきます。
大したことないです……と言いつつ、私はできたばかりの指先の傷を見せます。
すると彼は、私の手を優しく掴んだかと思うと、おもむろにその傷を舐めました。
……この人、さも当然のように何してくれちゃってるんでしょうか。
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