第42話


その日の放課後。燃えるような夕日の斜陽の差し込む部室で一人、空っぽのギャラリーの真ん中で久志は膝を抱えていた。



遠くから部活に励む運動部の快活な声が聞こえてくる。皮肉なほど穏やかな夕刻だった。



 久志は徐に立ち上がった。そして、持ってきた春奈の写真を一人、一枚一枚額縁に入れて飾っていった。



稲木神社で出会い、年柄もなく寂れた公園で二人、子供みたいにはしゃいだ時の写真。



初デートに心を沸かせて、自分には似合わないほど美しい微笑みを浮かべていた、その時の横顔。



浜焼きを頬張る無邪気で楽しそうな姿。あの独特な笑い方をした時の、浜辺に咲く、ここにしか咲かない儚い花。



夕日に黄昏ながら、急に大人びた顔をして、いつか二人で叶えたい淡い夢を語った時の、少し寂しそうに作った微笑み。花火の鮮やかな光と、楽しそうに踊る笑顔。



 パタパタと生暖かい雫が、写真に染みを作ってしまった。いけないと思って慌てて拭ったものの、涙は次から次へと溢れて落ちる。



やがて完成した春奈の写真ギャラリーの真ん中で久志は腰を下ろして膝を抱えた。



「久志くん、展示会の調子はどう?」

 部室のドアが開く音と、広瀬先輩の呑気で明るい声が静寂を破った。



オレンジ色に染まる部室の真ん中で、少年が一人、ぽつねんと膝を抱えて座っていた。少年はどこか遠い目をしながら、彼を囲う額縁に収められた写真を見上げていた。



彼は、広瀬の存在に気付いていないようだった。



広瀬は何も言わず、少年と同じ位置に立ってみた。



 広瀬は息を飲んだ。全身が泡立ち、心臓が早鐘を打つのがわかる。それは軽いショックだった。



 久志のギャラリースペースいっぱいに張り巡らされた一人の少女の写真。その展示を見て広瀬は言葉を失っていた。広瀬は何かに急かされ、突き動かされるようにしながら部室の機材庫からデジタル一眼レフカメラを取り出した。



 近くに寄り、広瀬は写真をじっくり見ていく、一つ一つに触れながら。そして、久志の写真一つ一つを写真に収めていった。生唾を飲むと喉が渇いていることに気づいた。



「これは、すごい…」思わず声が漏れていた。響くシャッター音。

 そして一通り見てから再び久志の隣に立つ。さっきから微動だにしない久志を見て広瀬は勘づいた。



久志の後ろに行き、彼を中心にして構図を作ると指が震えた。



熱く煮えたぎる血のような感動が全身を駆け巡り、濁流のように全身を駆け巡る興奮は、立っている感覚すら曖昧にさせた。



 誰もいない、燃えるような夕日に包まれる少年と、彼を囲う彼が愛したであろう笑顔の少女の写真達。



広瀬が覗くファインダーの中で、彼と彼女だけの世界が彼を中心に広がりながら、一枚の写真としての構図に収められた。そして乾いたシャッター音が黄昏の静寂を破る。



たった一枚の写真は当然、その構図で切り取られ、そこで彼ら二人の世界は閉ざされ、終わっていた。



その光景はまるで、短く悲しい物語を読み終わった読後感のように、胸が締め付けられる憐憫だけを残して、広瀬を置き去りにしていた。



「きっと、君はこの写真を展示しない。そうだろ?」

久志は広瀬を見上げた。その顔はすっかり泣き腫らしていて、鼻水も涙もまだ乾いていなかった。



「聞くまでも無かったな、悪い。この写真展は君と彼女にとっては途中だった。もっと広がるはずだった。それこそ、どんな広角レンズにも収まらないほどの、君達二人だけの物語が、この先増えるはずだった」

「…はい」久志の頬にさらに涙が伝う。「僕はね、カメラを初めて、初めて人を撮ったよ。君の後ろ姿だ。その横顔を撮りたいけれど、やめておいた方がいい?」

「当たり前じゃないですか…」




 それから二人は、久志が並べたギャラリーを、全てまっさらに片付けた。


 

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