第34話

 

告白している男子は自信があるのか、落ち着いた様子で、むしろ、もじもじしている女子に堂々と想いを伝えていた。まるでドラマのワンシーンのようだと思った。

 

 

それは、男の方が俳優のような美少年で、整った容姿から繰り出される台詞や態度が、どこか芝居がかって見えたからかもしれない。

 

 

まさかの告白現場に偶然出くわしてしまったのだが、それはどこか奇妙な光景だった。久志はその美少年を知っていた。

 

 

今告白をしている男子と告白されている女子、その二人の組み合わせは、あまりにも違和感の塊だった。

 

 

当然、クラスカースト上位に君臨している男は長身イケメンで見た目も派手だった。軽音楽部で組んでいるバンドが既に音楽レーベルと契約を交わしインディーズデビューをしているとかで、彼は学校内外でも有名な男子だった。

 

 

確か、ビジュアル系バンドをやっていて、バンドのイメージからか、周囲からは王子と呼ばれていた。

 

 

そんな王子様と相対するのは名前すらうる覚えのクラスメイトの地味な女子だった。

 

 

人間関係があまり得意ではないのか、いつも机に一人座っていて読書をしている印象だった。友達がいる様子もなく、お昼には弁当を一人で広げ、ひっそりとつついていた。

 

 

顔はよく見ると可愛いなと密かに思ってはいたのだが、あれほどの男に告白されるなど予想外の展開すぎて、ついつい様子を見守ってしまっている。

 

 

「…あ、あの。お気持ちはその、すごく嬉しい、です…」

 

 

 か細い、今にも消え入りそうな女子の声が聞こえてきて、久志は思わず固唾を飲み込んだ。

 

 

「でも、わ、私、他に、ほ、他に、す、すすすすす、好きな人がいるので、お付き合いなんてそんな、無理でふ!」

 

 

「ん?噛んだ?」久志は心の中で声を上げたが、実際同じ台詞の声がすぐ隣で響いた。

 

 

横を振り向くと、そこには王子とよく連れ歩いている、短髪で赤毛の大きなピアスが印象的な、こちらは王子よりも長身の男子がいつの間にか隣に並んでいた。

 

 

彼は壁に隠れることもせずに、王子から丸見えの位置で堂々と佇んでいる。

 

 

「っぷ!あっはっはっはっっは!」

赤毛は豪快に腹を抱えて笑い出した。告白を受けている女子も何事かとこちらを振り向くので、久志は慌てて身を潜めた。

 

 

「っち…マジかよ、信じらんね。おい響、この事絶対に誰にも言うなよ!宮地にバレたらこれが冗談でも、あいつマジギレすっから」

 

 

「はっはっは、あーおもしれえ。まさか学校のプリンスが振られるなんてな」

 

 

「あー、超不愉快。…宮地にバレるのだけはダルいわあ。なあお前…」

 

 

 王子は女子に何かを耳打ちしている。彼女は意外そうな顔で王子を見た後、口を結んで頷いた。

 

 

そして王子は響と呼ばれた赤毛の隣で、居た堪れなくて挙動不審になっている久志を睨んだ。

 

 

「あーなんか巻き込まれちゃったねお前。この事は絶対誰にも内緒な?」

 

 

立てた指を口元に当てて爽やかにウインクをする赤毛から、ふわりと煙草の苦味の混じった上品な香水の匂いが漂う。

 

 

ああ、さすがクラスカーストの上位ランカー。身長も顔もオーラも、全てに劣等感を抱いてしまう。

 

 

「は、はい!」と、同学年なのに敬語が出てしまうあたり、既に自分は負け組確定だ。

 

 

 久志の威勢のいい返事を興味なさそうに無視して、王子は目線で赤毛を促すと二人は行ってしまった。女子はというと、可哀想なほど赤顔し、走ってどこかへ行ってしまった。

 

 

 体育用具室の隣には用務員用倉庫があり、そこから脚立を2つ拝借する。脚立を二つ持っていくのはかなり無理があったらしく、一人喘いでいると、途中で用務員のおじさんに呼び止められ運搬を手伝ってもらった。

 

 

「久志くん、ありがとう」

そう部室で声を掛けてくれたのは広瀬先輩だけだった。田中先輩は居ない。

 

 

うんこにでも行ったと思っておこう。桐林先輩は、コスプレ美女の写真の選別に、未だに頭を捻っていた。

 

 

広瀬先輩は、手付かずで印刷しただけの久志の写真が散らばったテーブルに座って、一枚の写真を手にしていた。

 

 

「何気ない日常も、作品にするならただ切り取ればいいってものじゃない」

広瀬先輩が写真に目を落として言った。

 

 

「はい…」

適当に撮ったつもりはないが、広瀬先輩から批評を受けると畏まってしまう。

 

 

「ボケを使った主題の浮き出し方が上手だよ。露出や絞りの調整もなかなかしっかりしていて、どれも雰囲気をしっかり出せている。何より構図がいい」

思わぬ賞賛に、久志は生唾を飲み込んだ。

 

 

「木陰で風を待っている野良猫。紫陽花通りの通学路、校舎の桜。当然どれも、久志くんが綺麗だって思った日常であり、瞬間だ。いい写真の基本はまず、構図の見せ方によって演出されたその場面に、見る側が共感できるかどうか、だと僕は思ってる」

 

 

先輩は写真から目を離した。そして数々の写真コンテストで受賞を勝ち取ってきたその瞳で久志を見る。

 

 

「少なくとも俺は、この写真のどれも綺麗だ、いいなって共感できる。そういう風に、いい写真は、撮り手の感情が伝わるものなんだ。その瞬間に、自分でも思わずカメラを構えたくなるような気持ちがね」

 

 

 言ってから広瀬先輩は柔和に笑った。傾きかけた夕日に溶けそうなその淡い笑顔に、久志は胸にじんわりと温かい何かが広がるのを感じた。

 

 

田中先輩のように日常風景すぎてつまらないと言われるのは、自分もそう思っていたし慣れていた。

 

 

数少ない友達に見せても反応は大体同じ。

「これはわざわざ写真にする必要があるのか?」「フィルムの無駄じゃないか?」など。その度に久志は写真と言うより、カメラが好きでがむしゃらにシャッターボタンを押すのが楽しいだけだと言い訳してきた。

 

 

しかし、広瀬先輩の言葉に涙まで込み上げそうなこの感情は、やはり自分は写真が好きなのだと実感できた。

 

 

「久志くんはさ、ポートレートとか興味ないの?」

ポートレートとは主に人物を主題として撮る写真の事だ。わかりやすい例で言えば、グラビア写真やアイドルの写真集などがそれに当たる。

 

 

 真っ直ぐに見つめる広瀬先輩の目を久志は見ることができなかった。

 

 

「いや、俺は桐林先輩みたいなのはちょっと…」

 

 

「彼の写真は量産的でつまらないし、ただの自己満足だ。久志くんはここ」

 

 

 広瀬先輩はなかなか厳しいことを言ってから、テーブルに人差し指を落とす。

 

 

「学校で友達はいるかい?彼女は?」

 

 

「友達はいますけど、彼女は…」

 

 

「うん、いいじゃん。友達がいるならどんなに男臭くてもいいからさ、例えば彼らとの日常を写真にすればいい。久志くんは日常に転がるふとした美しさや貴重さに気づける。きっといい写真が取れると思うんだ。まあ、女友達とかいたら、多方面の文化的な傾向としてはそっちの方がウケはいいんだろうけどね。うん、提案なんだけど、文化祭のギャラリーさ、テーマは日常で、ポートレートを撮ってみるなんてどう?僕は、すごく見たい。久志君が撮る青春。青春ってさ、俺たちにとってはまさに今のこの瞬間じゃん。でも実はこの瞬間が貴重だなんて気づく青春真っ盛りの奴なんて少ないと思う。だから、ありふれた学校生活を青春してる友達にフォーカスしてみるんだよ」

 

 

「はあ…青春、ポートレート、ですか…」

 

 

「後はそうだな、これが一番重要だ」

言いながら広瀬先輩は一枚の写真を久志に見せてくる。実家のコンセントを撮った一枚。広瀬先輩の手には似合わない駄作だ。

 

 

「自分の撮った写真に自信と敬意をちゃんと持てよ。これ、床に落ちてて田中に踏まれていたぞ。今あいつに印刷し直せって言って、インクを教員室まで取りに走らせているんだ」

確かに、謙遜しすぎるのは自分の悪い癖だと思う。

 

 

どんな、写真だって自分は確かにその瞬間を綺麗だと思ったはずなのだ。それを、貴重な瞬間だと語らなくなれば、その瞬間は永遠に誰の記憶に残らないのに。

 

 

 本日の部活も終わり、真っ赤な夕日が廊下に長い影を作る頃、久志は帰宅するために学校の玄関に着いた。静まり返った薄暗い廊下の周囲には誰もいない。

 

 

暑さではなく、緊張でわずか浮いた額の汗を拭うと高鳴る鼓動のまま下駄箱に手を伸ばした。

 

 

 実は何も起きないはずの久志の日常にも少しずつ変化は起き始めていた。下駄箱を開けると、靴の上に一枚の白い便箋に閉じられた手紙が乗っていた。周囲に人気がないことを確認してポケットに忍ばせる。

 

 

校庭を出た所で、久志は動悸を抑え、そっと便箋を開いた。

 

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