第11話
仕事中、スマホが小気味のいい受信音とバイブを響かせるたび、久志の心は踊った。
ラインの友達の数なんて数えるほど虚しくなる久志の友達ラインナップに早希はダントツで輝いている。
「体育だるいー」「授業中はチョコよりグミの方があがる」「古典の先生イケメンすぎる女なんだけど私のこと睨んでくるステキ」「私のお昼ご飯。友達に引かれたんだけどなんで?」
写真が添付されている。
焼きそばパンとハンバーガーとお菓子の山が写されている。昼食というより、むしろオヤツだ。しかもカロリーとか年頃の女子は気にならないのだろうかと心配になるレベル。
「さむさむさむさむ」「小テスト防止条例違反で罰則に赤点くれてやりました、っていう自滅報告」
取り留めもない、一方的な状況報告のようなメッセージに、久志はどれも時間をかけて文章を考え、熟考して推敲し、長文のメッセージで返信する。まるで、おっさん感が否めない。
正直、仕事どころでは無く、一日を通して何度も仕事のミスをした。
「夕日がキレイだなって思ったのは多分、久志さんの写真を思い出したから」
ドクンと心臓が跳ね上がった。
何故なら、仕事帰りの車内で久志もオレンジに燃えながら低い落陽に見惚れてたからだ。そして、あることを思いついた。
制服の早希が、学校の教室で目の前に輝く夕日を、あの綺麗な瞳に映して黄昏ている姿を思い描いた。
早希と撮影会の約束を交わしたものの、いまいちどんなコンセプトで彼女を撮影しようか、やりたいことがあり過ぎて迷いあぐねていた。
彼女とメッセーのやり取りをしている間、早希がどんな風に学校を過ごしているのか、彼女の姿をずっと想像していた。
あのバズった写真のエピソードのヒロインが、女子高生である事があの反響の引き金になっている事を考えると、自ずと光が照らす道が見えてきた。
美女と野獣のように美醜の妙が作り出すギャップマジック。
つまり、しがないおじさんと女子高生という二律背反が引き起こすその化学反応に注目が集まっているのではないか。
ならば今まさに丸底フラスコの中で少々きな臭い匂いを漂わせながら成功に近づいたような色に変化しつつあるそれに、最後に加えるものはスパイスや劇薬ではない、正攻法だろう。
自分が撮るべき写真は、究極の若さの主張ともいうべき、制服姿の梶原早希だと確信した。
帰宅し、夜まで続いたその日の取り留めもない早希とのメッセージのやり取りの終盤、次の週末に、ロケーションは久志任せで早希のポートレート撮影をすることが決まった。
銀杏並木がまだ残っている明治神宮外苑で一面黄色の世界で制服のスカートを翻して踊るフワフワした写真を量産するか。
あるいは気合を入れてストロボ機材を購入し、クリスマスシーズンらしくカラフルなイルミネーションに染まった遊園地の中でキラキラと光り輝く、いかにもSNS映えしそうな写真を量産するか。
どれも試したくて、まだ週の初めにもかかわらずあれもこれもと頭の中は撮影のことでいっぱいだった。
アンブレラやソフトボックスなどのストロボ機材をネット検索しながら、嵩みそうな出費に久志は少し躊躇った。
しかし、制服姿の早希の笑顔を思い浮かべれば、カートから注文画面へ進む人差し指は魔法のように軽くなった。
ふと思う。
彼女に抱いた恋情は何処か、彼女の写真を撮れるという期待で満たされているような気がする。
まだ一度しか叶っていないが、もしかしたら自分は、彼女に恋をしているのではなく、彼女をファインダーに捉えることに強く恋憧れていただけかもしれない。
なんて、純真めいたことを漠然と思いながら、昨日撮った早希の写真を見て、頬肉がクイっと吊り上がってしまう。やはり、分不相応な恋心は健在だった。
そして、週末になり撮影会がいよいよ明日に迫った。
カメラバッグの機材をもう何度目かの確認をする。
財布の中には、大規模な遊園地全体をライトアップが彩る、よみゆりランドのチケットが2枚入っていた。
そして懲りる事なく、久志は安普請の薄暗い蛍光灯の下で顔をニヤつかせていた。
瞳を閉じれば、カラフルなイルミネーションの中で笑う早希がキラキラと輝き、小気味のいいシャッター音が聞こえてきそうだった。
いい歳した男が少女のような想像を膨らませ、今夜は眠れるだろうかと幸せな不安を抱いていた。
そこへスマホの着信音が響いた。早希からかもしれないとベッドにあったスマホをダイビングキャッチする。
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