ウラベからの手紙2

 ニホン語で書かれた文章は、こう始まっていた。

『これが読めるのなら、中を読んで! 学生時代のように』

(どういうことだ?)

 暗号のように書かれている。そして、広げてみるが、羊皮紙は白紙であった。

「大事な事が書かれていたと思いますが、このように読めません」

 と、ゲイツはいう。

 封蝋は取ったのは恐らく、彼女であろう。自分で、物色するようなことをいっていた。確かに、この世界の人間にニホン語は読めないだろう。それに中身が白紙というのは、納得がいかない。

「学生時代のようにって何?」

 ナナが不思議そうにいう。すでに包帯が巻き直されて、指が個別に動くようにされている。そして、居間のテーブルにある金物を物色していた。使えそうな武器を探しているのだろう。

「オレはこれでも王都の女学校に、いっていたんだが――」

「以外! 女学校なんて!」

「ナナ。ご主人様は貴族の方です。学校にいかれても当然ですよ」

「いや、あんなところ2度といくもんか……それよりも、学生時代のように?」

 何かの暗号なのだろう。

(秘密の手紙? そういえば!)

 学生時代、寮生活をしていたのだが、そこでは抜き打ちの持ち物検査があった。確か「淑女に不適切なものを持ち込んでいないか?」と――

 そんなことを言いながら、先生が人のものを勝手に触って、没収されていたりしていた。対象はプライベートのものにまで及ぶ。友達同士の秘密の手紙とか……そこで誰かが思いついたことがあった。

 見えないインクだ。特定の魔法に反応し文字が浮かび上がる、というものだ。

(オレ宛の手紙ということは、火の魔法か?)

 手にした羊皮紙に向かって、力を込めた。

 手加減しないと紙ごと燃やしかねない。魔力を注ぎ込む感じ――するとどうだろうか。白紙だった羊皮紙に文字が浮かびだしてきた。

(この事を知っているのは、あいつしかいない)

 マルグルー家の現当主であるキャスリン・マルグルー。オレの女学校時代の友人だ。

 ウラベ・アキラとの入れ替わりで、記憶が曖昧になっているが、オレは彼女のところにたどり着いた……いや、オレがまだ意識があるときにたどり着いたのだ。封印されていたような記憶のフタが開きはじめてきた。

「何が書いてありますか?」

 一番興味を表しているのは、けん族のゲイツだ。横から首を突っ込んでくる。

「待ってくれ――」

 内容は……オレがキャスリン・マルグルーの領地内で悪さをしていた――何をしたのか記憶が曖昧――ところを捕まえた、と文句から始まっている。残りはかなり素っ気ないものだった。

「魔王が見つかったか? 魔王ってあの魔王か?」

 オレのクソ爺が、若いときに勇者と共に倒したという魔王の事だろうか。

「その魔王が、また兵を挙げるとでもいうの?」

 と、びょう族のナナが、どこからか見付けてきた干し肉をほおばっていた。

「20、30年ぐらい前でしたか? 魔王様が倒されたのは――」

 ゲイツのいうとおり、それぐらい前だろう。

「今更?」

 それにナナのいうとおり、本当に今更である。

 クソ爺が若い頃だから、30年は優に超えているだろう。

 ただ魔王を名乗って、この国を混乱に陥れたのは確かのはずだ。だが、魔王が倒された途端、率いていた軍も、従っていた獣人も降伏してしまった。

 その魔王が何者であったのか……正確なことをみんな口にしない。

 それは禁句になっている。クソ爺は勇者と共に会っているはずだが、それだけは教えてくれなかった。

(魔王……魔王……)

 そういえば! オレの薄れていた記憶が少し甦ってきた。

 丁度、オレがキャスリン・マルグルーに面会したときだ。

 ある書簡が送られてきた。

 キャスリンの話では、王都より遠い地にいる領主にこのところに、頻繁に送られているそうだ。内容は現国王を弾圧するもの。「一緒に悪政を正しましょう」などと――

 まあ、隣国の領地の切り崩しによく使われている手法だ。

 いつも暖炉に放り込んで、焚きつけていた。書簡の噂は広がっているかもしれないが、証拠はない。こんなもの持っているだけで、領主は国王から処罰されてしまうかもしれない。

 燃やしてしまうのが一番だろう。だが、オレがそれを、寸前で取ってしまった。

 送り主が魔王とあったからだ。

 勘当されて、この先、何をすべきか見失っていたオレは……魔王を倒せば、勘当した親父たちを見返してやれる。あの勇者のように新たな領地を与えられて――など気軽な考えで、魔王の正体を暴こうとした。

 禁句となっている魔王の名前を使うヤツだ。

 それなりの覚悟はあって、魔王と名乗っている。手柄にはなるだろう。出来れば、王子との試合の件を、帳消しにしてくれるとありがたい。

 そして、一体、何者なのか判らない魔王という者に対抗するため、オレは力を欲した。

 クソ爺から、「自分は『炎の獅子』に力を分け与えられた」と聞いたから。

 どこにいるのか分からない魔王に――

 だから、『炎の獅子』に会いにいった。

 正確には、オレの先祖代々が眠るの霊廟がある場所だ。

 そこで今、手元にある家宝の短剣が役に立った。その短剣により、本当に『炎の獅子』と対面できたのだ。

 ひょっとしたら、『炎の獅子』は魔王の居場所が、分かっているのかもしれない。

(世界を救え! との試練はこのことであったのだ……待てよ)

 オレは『炎の獅子』に、何か大事なことを吹き込まれたような気がする。

 血統がどうのと――

「それで、魔王様の居場所は分かったのですか?」

「待ってくれ……」

 再び、オレは手紙に目を通す。

 そろそろ効果が切れて、端の方から文字が消えようとしていた。

 手紙の内容は――そんなものではなかった。

「いい療治魔法の先生を紹介するから、わたしのところに戻っていらっしゃい、だと!?」

 ウラベがちゃんと説明していないのか、オレに起きている入れ替わり現象を、病気か何かかと思っているのか! この手紙の主は!

(魔法が公になっていなさそうな現代日本異世界の方が、まだ話が分かるヤツがいるじゃないか!)

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