ウラベからの手紙1

 詰まるところ、勘当されたオレ、マイケル・マーティン=グリーンは、いきなり獣人をふたりも養うこととなってしまった。 奴隷商人の洞窟から一緒に逃げてきたびょう族のナナと、その家でメイドをしていたけん族のゲイツ。

 前に養っていた奴隷商人は、実質、追っ払ってしまったし――用心棒的、大男は事切れていたこともあり――ふたりを、まとめられるのは今のところオレだけ。

 獣人はひとりで生きて行くすべも知らないし、この村から出て行ったとしても、どこかで人間に捕まり、奴隷として売られるだけ。そして、今よりもひどい環境であったら、とナナに泣き付かれたようなものだ。犬耳族のゲイツは、「養ってくれるのなら」と尻尾を振るだけだ。

 とりあえず、ナナの指の治療だ。爪を切り落とされる拷問を受けて、指が使えないという。

 奴隷商人の住居には傷薬があり、痛みは取れた。

 まあ自慢の爪が使えないとしても、武器はこれで持てるだろう。爪はそのうち伸びてくると願って。

「で、これからのことなんだが――」

 入れ替わったこの1ヶ月近くの話を、ふたりに話せばなるまい。

 それにオレ自身、入れ替わりが始まった時期からの記憶が曖昧だ。


 世界を救え!


 と、オレを異世界に飛ばした『炎の獅子』の力を欲したの自分自身だ。

 何のために力を欲したのか――

 勘当されたオレはいく当てがなかった。王都で暴れていたのは……誤解も入っている。

 親父は弟が出来たときに、オレをどこか嫁がせてしまおうとしていた。

「やっぱりアナタが、『赤毛の魔女』なの?」

「そういうことになるか――」

 治療をうけるナナを見ながら頷いた。

「そう言うモノは……何だ……」

「恋愛ですか?」

 ゲイツは黙々とナナの指に、傷薬を塗って行く。

(よくそんな言葉をすました顔で言えるな)

 顔から火が出そうだ。その言葉を言おうと思うと――

「赤毛の魔女さんもカワイイところがありますね。ご主人様」

「そのご主人は辞めろ。マイケルでいい」

「さすがに呼び捨ては……」

「もう好きに呼んでくれ。

 ともかく、嫁の行き先に条件を出したんだが……」

 その条件が悪かったのかもしれない……いや、元々も嫁なんていく気もなかったので、無理な条件を出した。

「アナタが膝を突いた人間を、お婿さんにする!?  

 今日1日、アナタを見ていたけど、勝てる男なんて……痛ッ! もう少し優しく出来ない?」

「これからお使いする人に、失礼ですよ」

 声を上げたナナ。包帯を巻き直しているゲイツが、少しイタズラをしたようだ。ミトンみたいに適当に巻かれていた包帯を、ほどき直し、指1本ずつにまき直している。

「――で片っ端から、『婿候補』を叩きのめしたら、そんなこと言われるようになった」

 そうそれで、オレが皇都で暴れているという話に何故かなった。

「だとしても、勘当される理由には――」

「それが――最後のがマズかった。この国の王様の息子……何番目かの」

 そう言うと、ふたりは「ああ~」と納得した向けてきた。

 いや、本当に気に入らなかった。あの王子は!

 オレを結局のこと、側室にしようとしていたのだ。正室は当然のこと。すでに側室を何人も抱えているという。そんなのが物見見物でオレに挑んできたのだ。腰巻き連中を連れて――

 王子の華麗なる剣術を見せたかったのであろう。だが、オレは実戦向きの剣術しか教わっていない。野蛮な女を、王子が手なずけたとでも、宣伝したかったのだろう。

 実に――ムカついた。なので……

「取り巻き連中の前で、ボコボコにしたの。アナタ、ホントに面白いわね」

 と、ナナはケラケラと笑うが……それが原因だった。

 勘当されたぐらいだったのがいいのかもしれない。

 後で考えると、死刑になってもおかしくなかった。王子に怪我を負わせた。それにそんな戦闘能力がある人間が、王都でのうのうと暮らしていたら――いつ王の命を狙ってくるか。王子に向けられた暴力は、方向が違っていたら、国王に向かうかもしれないのだ。

「それで、ご主人様は居場所を失ったのですね」

「――結局、同じ事の繰り返し。あんたらの居場所も奪っちまったか――」

「アタシはいいのよ。どうせ気に入らない居場所だったから」

「ナナはそうですが……わたしは――」

 勘当され、居場所を失ったオレは……これからの事なんて、頭が回らなかった。

「思いついたのが、女学校時代の同級生だ。マルグルー家って知っているか?」

「マルグルー家? 確か……この村から1週間ぐらいかかる場所が領地ですが、かなり辺境ですよね」

 と、ゲイツはいう。

 オレの女学校時代の友人だったのが、そこの領主をしている。

 最終学年の途中で、父親が急死して退学。そのまま新たな領主として、領地運営をしている才女だ。

 しかし、オレは、あまり考え無しに、そいつのところに転がり込もうとしたのかもしれない。

 勘当されたオレを追っ手がいた。家との繋がりをなくした時を見計らい、命を奪おうとしてきた。放ったのは恨みを持つ……王子あたりだろう。

 旅の途中あたりから、オレの記憶が曖昧になる。

 現代日本異世界のウラベ・アキラと入れ替わりが始まっていたようだ。

 それをこのふたりにどう説明したらいいのか? 信じてもらえるのだろうか?

「そんなおとぎ話のようなことある!?」

 と、話して一番驚いているのは、ナナの方。理解されないことは解る。異世界だの、精神が入れ替わるなど、非常識の話をしている。

 反対に、ゲイツはアゴに手を当て、考え込み黙ってしまった。

 そして、フラフと部屋を出て行く。

(俺の話が荒唐無稽だったから……か?)

 そう思っていたが、しばらくすると見覚えのある背嚢を抱えて持ってきた。

「オレの背嚢――」

 旅の共にしていた背嚢だ。戻らないとも思っていたが、庫にあったようだ。

(そうだよなぁ、奴隷を捕まえるのには、宿屋が一番楽だ)

 考えてみれば、宿を求めてきた者を見極め、捕まえて、奴隷とした方が手っ取り早い。

 ここに背嚢あるということは、ウラベもそうして捕まったのだろう。

「商品の持ち物を見極めるのも、わたしの仕事でしたから――」

「こいつの仕事は?」

 犬耳族のゲイツは頭が回るようだ。では、猫耳族のナナは?

「男を捕まえるの担当……」

 ゲイツは少し軽蔑したような言葉遣い。

 そんなことをよそに、ナナは腰に手を当ててニッコリと笑ってみせる。

(まあ役立つことはあるだろう)

 猫耳族をあまり信用しない方がいい――それは世界の常識だ。

「それで、ご主人様の荷物を拝見していたんですよ。

 そうしたら、見たことの無い文字で書かれた手紙を何通か」

 と、背嚢のなから革の書類袋を取り出した。

(文字が読めるのか? ゲイツは……それなりの教育を受けている。なのに奴隷に収まっているのは――)

 そんなことを思いつつ、書類袋を受け取った。

 そんなものを持っていた記憶はないので、誰かがオレウラベに渡したことになる。

「ありがとう――あッ! 占部うらべあきら!?」

 中から取りだしたのは、折りたたまれた羊皮紙。蝋で封がしてあった形跡があるが、それは外されている。そして、表に書かれていたのは、あきらかにニホン語だった。

 この世界で書ける者と思いつくのは、オレ……そうオレに入れ替わっていたウラベ・アキラだけだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る