奴隷商人

 オレが蹴飛ばしたドアは、出てきた男の顔面に激突した。

 勢い余って、薄っぺらなドアをぶち抜き、頭が飛び出している。50代ぐらいの大男だ。頭をかち割られ、額から血を流し、そのまま気絶してしまったが――

(しまった! オレの家宝の短剣をどうしたか聞かないといけなかった!)

 ちょっとやり過ぎたかもしれない。だが、手加減すると言っても、無理な話だ。だが、目的の奴隷商人との格闘などは省けたことだし、良しとしよう。

(強引に起こして吐かせるか?)

 と、思ってドアから飛び出した頭を掴もうと、

「違う! そいつは奴隷商人じゃない!」

 ナナが声を上げた。

「何ッ!?」

 先入観に騙された。奴隷商人なんて言われていたから、男だと思っていた。そして、それっぽい男を今、叩きのめしたが――

 耳を済ませば、住居と思える廊下の先から足音が聞こえる。

(軽い足音――女か!?)

 ドアに大男がはまり込んでいるのが邪魔だ。それを何とか動かし、廊下を走る。

 すると、住人の居間に出た。

 人気は無い。だが、裏口と思える場所が空いている。

「逃げられたか!」

 大男に向かって、ドアを蹴飛ばした時にかなりの音を上げた。相手が用心していたら、見に来るよりも逃げ出すだろう。ましてや、力の弱い女性なら――

 それよりもオレのお目当てのものが、居間にあった。

 古道具屋にでも売るつもりか、居間の上のテーブルに奴隷として連れられてきたもの達の荷物。特に金属類のものが置かれていた。

(これから見繕って、売りにいくところだったかな?)

 まだオレの身体を使っていた、ウラベが捕まって時間はあまり経っていなかったようだ。

 家宝の短剣もあるし、胸当てなどの防具。それといつも使っている剣も見つけられた。後はブーツも。

 さすがに適当にあったサンダルでは旅をするのは大変だ。

(一通り揃っている)

 新しいものを買い揃える、となると手下から取ってきた金では心許ない。それに身体になれるまで時間が掛かる。

 慣れ親しんだものではないと、動きに隙ができてしまう。

(奴隷商人の方は、どうすべきか――)

 正直、オレの責任範疇ではない。

 まあ、ウラベ自分が奴隷として売られそうになったことはムカつくが……前も言った通り、別に奴隷売買は非合法ではない。人間の売買は問題にしている地域はある。が、ここにいるふたりのような獣人の売買は、オレの国では合法だ。

 何せ――

「どうしてくれるんですか!」

(喚くなイヌめ!)

 けん族のメイドが居間に入ってきて、頭を抱えている。

「黙って働いていたら、寝る場所も、食事も、手に入っていたのに!」

「何、喚いているのよ!? 自由になれるかもしれないのに?」

 続いて入ってきたびょう族のナナが言う。が、メイドは、

「アナタ、この先どう生きようって言うの?」

 そうだ! 結局のこと、人間の周りにいる獣人は、言葉の理解できる道具でしかない。

 自由が分からない……飼い慣らされ、人間に指図されて生きてきた。

 こいつの親の世代までならまだしも、俺と同じぐらいの歳の獣人は、どう生きたらいいのか解らないのかもしれない。働くにしても指示され、そのように動いていただけなんだから。

(そういえば、自由って何だ?)

 オレにも解らない。

 弟が出来て、家を厄介払いで勘当された身のオレだ。

 自由になったからって、やることがない。に叩き込まれた戦闘術はあるが、今は戦の無い世の中だ。武勇を立ててどこかに仕える……なんて事はできない。

(案外、嫌っていた親父が、一番今の世の中を見渡していたのか?)

「アナタは、この先の事を考えているの!」

 まだ、ナナにメイドは詰め寄っている。

 考えてみたら、オレは世の中に初めて放り出されたようなものだ。

 帰る家もあり、飯も出され、生きて行くには苦労しなかった。だが、今、オレがした事によって、ここの主人である奴隷商人はしばらく帰ってこないであろう。

 身を隠すとしたら、オレらが捕まっていた洞窟だ。

 だが、あそこには手下の死体が転がっている。

 それを見てどう思うか? 「ここは危ない」と、ますますこの村に帰ってこない。

 そうなれば、このメイドの言うように、寝る場所も、食事も提供されなくなる。当然、空き家になったこの家には、の新しい住人が住み着くだろう。

 果たして、また雇ってくれれば、生きていけるかもしれないが――

「当然じゃないの!」

 と、ナナは自信ありげな顔をすると、オレに近づいてきた。

「雇ってくれますよねぇ~。ご主人様!」

「オレがか!?」

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