峠越えの村

 オレとびょう族のナナは小一時間ほど歩いただろうか。

 彼女の言っていた村に着いたが……予想したよりも廃村に近い。傾いた家はまだいい方かもしれない。半分、崩れ落ちた建物の残った場所に、人影が見た。

(獣人? だったかな?)

 どんな獣人かは影では判別できなかった。ただ、頭に耳のようなモノが見ただけだ。

(監視されているか?)

 客の見定めだろう。見境無しに客商売していると思ったが、村人達も自分達の命も心配だ。よそ者は、まず観察して――と、身を守っているのかもしれない。

 村のメインストリート……と思うところを進む。

 奥に向かって緩やかに登っているところを見ると、この先に例の峠があるのだろう。

 そして、その道に面した1軒だけはまともな建物だ。

「ここよ!」

 と、ナナが案内する。

「宿屋? 道具屋?」

 看板は宿屋を表す文字が書かれている。が、その後にはよろず屋的な扱い品の一覧が羅列されていた。ともかく、この村で金が集まっている店だ。

 金があるから建物の補修が出来るわけだ。

「入ってみるか――」

 ドアノブに手をかけようとしたら、

「いっ、いらっしゃいませ!」

 先にドアが開いた。見窄らしいメイド服の着た獣人が現れた。けん族の女性だ。白かっただろうエプロンは茶色く汚れ、下の白い体毛の方が目立つ。

 それに――

(何を怯えている?)

 見たところ、表情は接客用が、獣人は目よりも尻尾が心情を表しやすいという。

 今、目の前の犬耳族の彼女は怯えたように、尻尾をピッタリと自分の脚にくっ付けている。

「お腹空いた。何かちょうだい!」

「おいッ!」

 オレが入るかどうか悩んでいる脇をすり抜けて、ナナが店の中に入り込んで行く。

「アナタ、何をしているの!」

 怯えていたように見た犬耳族のメイドが、ナナに声を上げる。その時ばかりは、尻尾がピンと立ち、感情を露わにしているようだ。

「ガタガタうるさいわね。アタシはお客よ! なんか食べるもの持ってきなさいよ」

 その彼女は、店の一番奥のイスに座り込んだ。

(食堂兼宿屋といたところか)

 店はパブのようにカウンターがあり、数セットの丸イスと丸テーブルが並んでいた。

 村の他の建物は、まともそうなのはなかったので、食事を取れるとしたら、ここしかないのかもしれない。とはいっても、昼間をとうにすぎたあたり。さすがに他の食事客もいない。飲んだくれていそうな村人も、見受けられない。そもそもカウンターには主人もいないのだ。

「アナタ、ご主人様に見切られて捨てられたんじゃ――アナタも確か!?」

 と、呟くようにメイドは言いながら、オレの顔を見た。

 人間なら血の気の引くような、と表現していいだろうが……獣人の顔は体毛に被われていて、判断できない。その代わり、頬に生える長い髭と尻尾が垂れ下がる。

「獣人の見捨てられた先を教えてあげましょうか? 

 ご機嫌取りで尾っぽを振ってばかりの、このイヌが!」

「生きるためには、仕方がない事よ。力を持っている人に従うのは」

「だからって、イヤな人間に身体からだを売るのは、気に入らないわ!」

「ネコには分からない事よ!」

(止めるべきだろうか?)

 このふたりが、奴隷商人の下で働いていることはだいたい判るが……その考えが違っていたようだ。が、あまり騒ぐと……いや、いいかもしれない。

 オレは店の中を見回し、隠れるような場所を見つけた。

 パブに入るドアは、先程の通りからのと、カウンター奥……これは調理場に繋がっているだろう。その隣にもドアはあるが、住人の生活空間へいくものか?

(そのふたつから、すぐに見ない場所へ――)

 猫耳族のナナと犬耳族のメイドが言い争っていれば、住人……つまり、奴隷商人が「何ごとか?」と顔を出すかもしれない。

 最後にあけたドアの横に隠れた。こちら側に開くドアだ。

 オレは、手下から奪った剣を抜き待機した。のぞき窓もないようだ。開けられたときにドアで姿もかせるし、調理場側でも間合いが取れる。

 あのふたりはまだ言い争って、オレの動きには気が付いていないようだ。

 そして――

「うるさい! 何を騒いでいる!!」

 ドアが開き、男のものと思わしき腕が飛び出した。

 オレは、ドアを盛大に蹴飛ばした。

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