自由への道3

「で、ナナさんよ。あんたは何者だ?」

「アタシ? アタシは……」

「正直に言えば身のためだぞ」

 と、転がっている男共をアゴで指した。

(もしもの事があれば、素手でもこのびょう族の女はれる)

 反撃されることはあっても、彼女らの武器である爪は、手下共が切り落としている事だし、問題ない。

「そいつらの仲間だった、といえばいいのかしら?」

「――なるほど」

「それだけ? 仲間を殺されていた女が、反撃するとは思わないわけ?」

「やれていたら、さっき出来ただろ?」

 オレは先程まで、ナナをかばう形で手下共を撃退したのだ。隙を見せていたわけだが、そこを突いてこなかった。

 まあ、爪が切られて、指もまともに動かせない状態で、出来ることはたかがしれているが――

「そうねぇ。アナタ、ホント変わっているわね」

「仲間『だった』と言ったからな。大方、失敗でもしたか?

 それで奴隷商人に見切られて、こいつらの慰みものにでもされたか?」

「……」

「見下していた連中に、言いようにされていたところか?」

「……」

 ナナは何も言わなかったが、どうやらあっていそうだ。

「では、そういうことで、あんたは解放されたってわけか。だが、オレには、あんたにちょっと用事が出来た」

「何よ――」

 不貞腐れたようにナナは答える。

「奴隷商人の居場所だ。教えろ」

「なぁ~に? 仕返しでもするつもりなの!?」

「いや、そうじゃない。知っているよなぁ」

 奴隷商人は、オレの国では別に非合法ではない。だが、大事なモノを持ってかれた。

 例の家宝の短剣だ。

 勘当されたときに腹いせに、持ち出したものであった。だが、それがなければ『炎の獅子』と対面できない。もちろん、それがカギのような役目になっていたのは、後で知ったこと。

 この『世界を救え!』と、現代日本異世界に飛ばされた今回の事には、再び『炎の獅子』との対面が必要のはずだ。しかし、その家宝の短剣のことを、ナナに話していいものか少し悩む。

「まあ、知っているけど……条件があるわ。

 当然、アタシも連れて行ってくれるんでしょ? 猫耳族は獣人の中でも役に立つわよ」

 言い出すとは思った。

 猫耳族は、獣人の中で身の軽さが得であるから、戦いとなれば使えるが……今、怪我によりまともに武器も持てない。挙げ句に、身軽なのはしんたいだけではなく、心変わりも早くて、いつ裏切るか、ホントに仲間なのか解ったものではない。気まぐれな獣人なのだ。

 しかし、オレにはこの2週間あまり、異世界の記憶しかない。当然、ウラベは奴隷として商人の顔を見ているはずだが、オレが知るよしがない。

「――ナナ。この近くの地形は分かるよなぁ。どこに奴隷商人がいるかとか――」

「分かるわ。この先の小さな村……峠越えの村にいるわ」

「なるほど――仕方がない。お前に道案内させるか」

「決まりね!」

 だとしたら、装備をなんとかしないといけない。

 装備品……その他、まだ牢屋の中の――姿を見せないところを見ると、逃げ出すか考えているようだが――連中たちの衣服が、1カ所にまとめられていたのを、ナナが教えてくれた。

 ただ、オレの家宝の短剣を含め、剣などの金属製のものは見当たらない。

 恐らく、古道具屋にでも売り払いにいっているに違いない。

(売りさばかれる前に、取り戻さなければ!)

 幸運だったのは、布ものが残っていたことだ。当然、古着屋に売り払いにいくはずだ。

 薄っぺらな布地では、病気になるし……なんたって、露出が恥ずかしい。

 異世界でのウラベの格好に少し慣れたと思ったが、あれは彼女の身体であったからだ。

 自分の身体で、こんな生地の少ない布きれだけは、やっぱり恥ずかしい。

 それに、ナナこいつが付いてくるとしたら、服装もなんとかしなければ!


「もう少しいいものは無かったの? 自分だけ厚着で!」

 と、ナナは文句をいっているが、全身を黒い毛で被われているのだ。胸と腰回りを隠した程度で十分だろう。人前で踊りを生業としていそうなの着ている、絹製だ。

 ただ靴は誰が履いていたのか分からなかったので、やめておいた。病気がうつるかもしれないから、オレも遠慮してサンダルにした。

 オレの装備は革製の手袋と、同じく革製のプロテクタ――小手とすね当てぐらいだけど。綿の上下のインナーも着込んだが、いつから置いてあるか判らない。蚤やダニ、よく判らない虫がいないか……とりあえず、魔法の炎であぶり出しておいたが、何だがムズムズする。

「後は……金と武器か?」

 詰め所の中を探ると……実際は手下の死体を漁り、少しだけ金が手に入った。

 彼女は「ええぇ~」と、軽蔑するような目をしているが、ここから逃げ出し、生き延びることを考えたら、仕方がないことだろう。

 ナナの言っていた村で再装備が出来ればいいが……峠の村なら、移動の拠点として少しは物資がありそうだ。なければ、適当に仕事を請け負って稼ぐしかないだろう。

 武器は、同じく手下のものを拝借した。手入れしていない刃こぼれした剣であるが、無いよりはマシだ。

「アタシのは?」

「指が動かせるのか?」

「――無理です」

 しかし、ここを管理している奴隷商人はケチなのか。回復薬などの緊急用の薬もない。あれば、ナナの切り落とされた爪に使っていた。完全治療までは期待していないが、傷の化膿止めぐらいはあってもいいだろう。

 それに腹ごしらえもしたいが、干し肉すら備蓄はほとんどないのだ。

(いや、逆に考えるんだ!)

 備蓄品が少ないということは、それほど遠くない場所に拠点があるのかもしれない。

 定期的に詰め所と拠点を往復して、奴隷商品を管理しているのだろう。


 外に出ると、日の光に目がクラクラした。

 木漏れ日がギラギラとしてるのを見ると、昼を過ぎたあたりであろう。

 鬱蒼とした森の中で、すぐに進むべき方角が掴めない。

「ここまで馬車で来たから――アッ!」

 と、ナナは地面を指さした。

 直近で草が倒されてわだちと思えるものがある。オレ……いや、ウラベ・アキラがここに連れられてきた時に、出来たものだろうか。

 これを進めば、峠の村に着けるかもしれない。

「まず村にいって確認だな。ここが何処なのか――」

 オレの独り言に、不思議そうな顔をするナナにはもう慣れた。


※※※


 案の定、わだちを目印に進むと、街道のような場所に出た。

 街道と言っても、ほとんど使われていない感じだ。あちらこちらに穴ぼこもあり、背の高い雑草なども生えており、整備が行き届いていない。

(旧道か……)

 新しい道が整備されて、旅人はそちらに移ったのだろう。

 当然、行政側は旧道など見捨てて、整備不良となる。ただ、こういった旧道をあえて使うものもいる。新しい街道は歩きやすく移動に便利だ。だが、その分、警備や税の取り立てがうるさいから、その辺、見捨てられた街道というのは緩くなる。だから、あえてこちらの裏街道を選ぶ旅人もいる。人目を避けて旅をするなど、大概は何か後ろめたいことがある者だ。

 密輸やら犯罪やら――

(そんなのを相手にしているのか――)

 ナナは峠があると言っていた。

 昔は峠越えの準備で発展したんだろうが、新道が出来て寂れてしまった。だが、廃村にならずに残っているのは、客の見境をなくしたからだろう。

 後ろめたい事のある犯罪者だろうが、野宿するのは辛い。

 どちらも利益のために、成り立っているわけだ。

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