猫耳族の女

 そんなに広くない牢屋だが、全体を見回すのには明かりが少ない。

 あの現代日本異世界ではないのだ。先程、打ちのめしたどちらかが持ち込んだらしい、ロウソク台の火ぐらいしか手元に明かりはない。

 ロウソク台を手に取り、暗い牢屋の奥を照らした。

「何だ? ネコか……」

 と、ギラリと緑色の目がふたつ光った。

「ネコ!?」

 風が吹き、黒い塊がオレの目の前に突然、現れた。

 オレの首元に何か……そう、手刀が突き立てられる。

「アタシをバカにしている?」

「爪がそんなんじゃ、ネコだろ?」

 黒い塊の正体は獣人。全身を黒い毛で被われたびょう族の女だ。ネコのような三角形の耳と尻尾が特徴で、素早い動きと身の軽さ、それに鋭い爪を持つ獣人だ。しかし、オレが見たところ、ご自慢の爪は使えないようだ。薄汚い包帯が巻かれ、ミトンのようにされている。

「なんなの、あんたは!?  

 ここに連れられたときは、ガキみたいにメソメソ泣いていたくせに――」

 そういえば、目が腫れぼったい気がした。顔に手を当ててみると、涙を流していた後がある。

 恐らく、オレの身体に入っていたウラベ・アキラが泣いていたのだろう。

(ひょっとして……)

 思ったのは、オレがマイケルと異世界で認識したのと入れ替わりで、この世界でウラベも自分を認識したのかもしれない。

 その結果が、この牢屋というわけだ。

「――ここはどこなんだ?」

「はぁ? 何言っているの?」

「オレは何をやって、この牢屋に入れられたんだ?」

「何って? ここは牢屋じゃない。奴隷商人の在庫保管庫。アタシ達は商品。そこで伸びているヤツらは、倉庫番――」

「なるほど……ウラベはドジって、奴隷商人なんかに掴まったのか――」

「人ごとみたいに」

 実際、人ごとだ。

(まずは、この間の行動を把握しないと――)

 この2週間ほどの記憶は、あの異世界の記憶しかない。

 恐らく、自分をあの世界で認識したときに、ウラベ・アキラとは完全に魂のようなモノが入れ替わった。その時の記憶はウラベが持っていってしまったのだろう。反対にあっちも、オレが持っている。

「しかし、どうしたものか――」

 折角、自分のいた世界に戻れたと思えば、奴隷商人に商品とされかけていた。それに処女も奪われかけていたのを考えると、最悪の再スタートだ。武器もない。防具もない。

 その辺はまだしも、家宝の短剣は取り返したい。

 柄に獅子の紋章が付いた短剣。あれは、『炎の獅子』と対面するために必要だ。


 世界を救え。


 それを終わらせるためには、どうしても必要なアイテムだ。

「どうしてくれるのよ!

 大人しくしていたら、もうちょっとマシな脱出方法を採っていたのに」

「お前も奴隷商人に捕まった口か?」

 と、問いに、猫耳族の女は困ったような顔をする。

「まあいいさ。オレはここを出る。お前はどうする?」

「いやいや……一緒の牢屋に入れられていたヤツが、そこの伸びてるヤツのことについて、「知りません」「よく判りません」で、話が通じると思うわけ?」

「じゃあ一緒にくるか? さっきの口調だと……逃げる機会を窺っていたようだが?」

「――奴隷として、ご主人様に尻尾を振り続ける気はないわ」

 と、言いながらチラリと見る黒い尻尾は、ユラユラ揺れている。

(先っぽだけ白いのか――)

 奴隷として売られたとしたら、猫耳族は愛玩動慰み物扱いだろう。

 まあ、先程までいた現代あちらの世界とは違い、人間と獣人との格差は激しい。

 人間に奴隷のように扱われている。

 言葉が通じる道具としか思っていないのも、たくさんいる。

(オレはどうかと言えば……どうなんだろう?)

 家には召し使いとして獣人がいたが、特に会話もすることもなかった。

 出かけた先で、不手際か、腹いせかで、主人が無抵抗な獣人に鞭を振るっているのは見かけたことがある。だが、それが「可哀想」だとかそういった感情はわかなかった。

 だいたい、他人の所有物だ。オレが口出しすることではない。そんな感じで過ごしていた。

「よし! ではまずこの鬱陶しい手枷とかからだな」

 カギが掛かっているのは承知だ。

 伸びている牢番らしいふたりは、牢屋の入り口のカギしか持っていないようだし――

 そうなると……力ずくで!

「いやいや、あんた。男共を倒せるほどの怪力か知らないけど、無理に決まっているでしょ?」

 引きちぎれるか試してみたくなった。

「やっぱりな。でも――」

 では魔法だ。オレが操るのは炎の魔法。戦闘狂のクソ爺に、剣術、体術以外にも魔法も叩き込まれた。

「炎よ!」

 両手に力を込め、炎に包まれてきた。

 術者が自分の炎の力に負けるようなことはないが……思ったより、火力が低いような気がする。手枷に使っている金属に、耐魔法が掛かっていたようだ――逃亡対策だろう。が、質が悪い安物だったようで、オレの魔法に耐えられなかった。

 手枷は熱で赤く染まり、ほどよく加熱されたところで、岩の壁に叩きつける。数回、叩きつける間に、手枷が歪み、カギの部分が砕けた。

「さてと――」

 両手が自由になれば、足枷など簡単だ。手枷を熱で変形させるより足枷は、カギの部分を炎の魔法による手刀で叩き切る。

「付いてくる気があるなら、外すが……どうする?」

 再度、オレは猫耳族の女に問いただした。

「ナナ。アタシの名前はナナ。今はそれで十分?」

 と、彼女は自分の手枷の付いた腕を差し出してきた。

「ここを脱出するまでだ。オレの名前はマイケル。その後は好きにしろ」

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