救済されるべき世界

最悪の再スタート

「兄きぃ~商品に手を出すと、また怒られますぜ」

「どうせ売られちまうんだ。その前にちょっと味見したっていいだろう」

 ふたりの男のダミ声でオレ、マイケル・マーティン=グリーンは気が付いた。

(頭が痛いッ!)

 視界に入ってきたのは、巨漢とひょろりとした痩せぎすの男だ。

(ウラベの身体からだじゃない!)

 戻って来たのだ! オレの世界へ。オレの身体へ!

 喜んでいたのは一瞬だけだ。

 薄暗い洞穴? 廃坑かもしれない。それを利用した牢屋のような構造になっていた。

 土の匂いに、汚物やらの臭いが鼻につく。

 当然、オレは今まで気を失っていたのであろうか?

 そんなのが染みこんだ土を引きずられていた。

「よく見れば、いい女じゃねぇか」

 巨漢がオレを見てそういっている。

(オレを慰みものにするつもりか!?)

 足首には金属の塊……足枷がガッチリとはめ込まれ、逃走防止だろう短い鎖で両足が繋がれていた。走れないようにするためだ

 巨漢は鎖を掴み、たぐり寄せている。

「知りませんぜ、兄きぃ~」

 あきれたように痩せぎすの男は、牢屋の入り口。カギを挿しっぱなしにしているあたり、かなり舐められたものだ。

 そんなことより――

「オレは娼婦じゃないだよッ!」

 言っておくが、オレの記憶ではまだ男に許したことはない!

 しかも、初めてがこんなやつなど、とッ!

 足枷の鎖を、脚をヤツの手に絡ませるようにヒネったが、それぐらいで離すとは思えない。

「どうせ売られ先でひどい目に遭うんだ。今か後かの違いに、変わらねぇだろ!」

「ちッ!」

 オレの状況は最悪。オレは身ぐるみ剥がされて、真っ裸の上に、薄っぺらな粗末な服を着させられているだけだ。もちろん、腰の剣も、家を追い出されるときにパクってきた家宝の短剣も、あるわけがない。それに腕も当然、手首に手枷が付けられている。

 だが、そんな状態だとしても、オレは負けない!

 戦闘狂だったに叩き込まれた武術は、剣がなくてもこんなやつは片付けられる。

 たとえ、足枷だろうが、手枷だろうが、オレには関係がない。

「何だ? 諦めたのか……なッ!?」

 オレは足枷の鎖を利用して、巨漢を自分の方に引き倒した。足の裏が地面に付いたので、目の前で立ち上がってみせた。あっけに取られたところで、足枷の鎖は手から離された。脚は自由だ。素早く宙返りしながら、巨漢の背中に乗り上げた。

 背中合わせになった時にヤツの首に、手枷の鎖を絡ませて締め上げる。喉仏に食い込ませ、もがきはじめたのを背中で感じると、

「こッ こいつ!」

 痩せぎすの男が突っ込んできた。だが、巨漢の方に体重をかけ、自由になった両足で蹴りを叩き込む。

 痩せぎすの男は、背中を鉄格子に強打し、その場で倒れこんだ。

 1匹目。

「このアマっ!」

 巨漢の首の鎖が少し緩んだらしい。後、ちょっとで締め上げられそうだが、息がつけたようだ。オレを引き剥がそうとする。が、早々、オレがチャンスを逃がすと思ったか!

「グフェ!?」

 身体ごとヒネり、首を更に締め上げた。ついでに両足を肩甲骨あたりに押し付けて。

 ほとんど手枷の鎖の長さなど、あってないようなものだ。ヤツの首は最初よりも半分近く細くなっている。

 顔色が、赤から紫色へと変わり、それでようやく巨漢は動かなくなった。

 これでようやく2匹目。

「チッ! ちょっと痛めたか?」

 久しぶりに自分の身体だから、感覚が戻っていないのか、手枷の下の手首が痛い。

 この先の戦闘――もちろん、この臭い牢屋から抜け出すこと――を考えると、マイナス点だ。

「――やるねぇ、あんた……」

「ん?」

 ふたりの男を倒したところで、牢屋の奥から女の声が聞こえた。

 ちょっとした戯れのために、周りを気にしていなかったのは、よくない。

「牢番をぶちのめすなんて――

 さっきまでメソメソ泣いていた女と同じとは……まるで別人ね」

 敵か味方か判らないのだから――

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