魔女の住処2

「マイケルさんが、元の世界に戻る方法。それについてですが、頼んでいたのが思ったよりも早く着きました」

 そうだ。オレは異世界の住人で戻る方法を探していた。

 依り代となっている占部洸ウラベ・アキラという少女のために大分遠回りしたが、魔女・一夜いちやが『異世界を覗ける望遠鏡』という魔法道具を頼んでいた。インターネット通販で――

 到着まで2週間ぐらいと言っていたが、あれからもうそんなに経ったのか。

「ここでは狭いのでリビングへ」

 でしょうねぇ、と口元まで言いそうになったが堪えた。

 魔法道具ガラクタでいっぱいの彼女の部屋では、ふたりで身動きもままならない。

 リビングにやって来ると、やっぱ金持ちは違う。

 ウチになかったテレビ。しかもやたらにデカいのが置かれていた。それに彼女の部屋とは違い、測ったようにものが整然と並べられている。

 親と子で性格が全然違うのかもしれない。

「えっと、どうやって開けるんだっけ?」

 一夜がマングローブ通販サイトの段ボール箱を抱えて戻ってきている。

(そういえば、玄関に置いてあったか?)

 そう思い出しながら、中身が開くのを待っているが……一向に開かない。

(いや、そもそも手でこじ開けようとするからでは?)

 一夜小さい子が、段ボールを止めているテープと格闘をしている。

(何かナイフとか使えばいいのに――)

 その辺にないのかと思ったが、人の家の引き出しを開けるのは気が引けた。

「なんでこうも梱包が頑丈なのかしら!」

「そこを引けはキレイに開きますって、書いてあるけど……」

「開いたためしがないです! この!」

 段ボールには『精密機械』とシールが貼られている。それを、脚で踏みつけて、両手で梱包している粘着テープをなんとか剥がしはじめた。

「さて、ええっと……」

 ようやく開いたが梱包材の山。それをかき分けて、ようやく『望遠鏡』が出てきた。

 長さは自分の肘から指先ぐらい。金メッキが施された寸胴状のモノだ。それに木製の三脚。

「三脚を立てて……外で使うの!?」

 説明書を片手に一夜が組み立てはじめた。

 オレの方はといえば……リビングから、自分の住んでいる街並みが見渡せる。

 電気のおかげで、色とりどりに明るく輝く街並みに、オレは柄にもなく「キレイ――」と感じていた。

「えっと……月? 月がいるの!?」

 説明書を読んでいた急に声を上げた。

 月? この世界にも月がひとつ浮かんでいることは知っていた。今、この部屋から外を覗いても見られない。屋上に上れば、見られるかもしれないが――

 それが異世界を覗くのと、何か関係があるのだろうか?

 一夜は咄嗟に壁に貼られたカレンダーを見る。

(そういえば、2月も終わりだし――)

 彼女の指先の動きを見ると、カレンダーには丸いものが描かれていた。今日の日付で指が止まる。数字と黄色い丸が描かれていた。

 それが月齢を表すのだと、気が付くのに少し時間が掛かった。

「何しているんだろ? アタシ……。

 そりゃそうか! ママが会合にいく日だもん。今日は満月よね」

「満月? 何か関係があるのか?」

「大ありです! 月の光は異世界との交信に必要ですから!」

 と、一夜は自慢げに言っているが……説明書が握られているのは、少し心配な気がする。


※※※


 あの望遠鏡を持って、ふたりで非常階段を上り、マンションの屋上にやってきた。

 暖冬といっていたが、0時を回ろうとしている時点で、しかも吹きさらしの屋上は寒かった。オレは着る上着がなかったが、一夜はコートにマフラー、手袋。

(――手袋ぐらい貸して欲しい)

 オレはそう思っているが、本人が認識していないようだ。

 望遠鏡のセットが忙しい様子。三脚を広げて、望遠鏡の本体を固定した。

 そして、接眼レンズアイピースを覗きながら、月を探している。

 月は……ほぼ満月に近い。頭の上にあるのだが、

「何これ! 右が左で、上が下? ああ……ようやく合った!」

 と、ぶつくさ言いながらも、一夜は月に望遠鏡を向けたようだ。

「これで覗けるのか? オレの世界を――」

「全く、『世界を救え』だけなんて、その『炎の獅子』とやらも不親切ですね」

 その原因は、オレなのかもしれないが、黙っていよう。

「日本では月は異世界と――」

「ここを覗けばいいのか?」

 何か説明が始まりそうだったのを遮るように、オレは望遠鏡に取り付いた。

「はい。ちょっと眩しいかもしれません。満月で――」

 アイピースに右目を当てた。

「んッ!?」

 強烈な光が、飛び込んでくる。

(眩しいってレベルじゃないぞ!)

 その光は、脳天に突き刺すように痛みが走った。

 痛みが全身を走り、オレの視界には夜空が見えたかと思うと、そのままひっくり返って頭を打ち付けてしまった。

「占部さん!?」

 気を失う最後に、そう魔女の声が聞こえた。

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