深夜の魔女

 オレ、占部洸ウラベ・アキラは道に迷ってしまった。

 警官が拳銃を向けたのを、思い出した火の魔法で撃退した。だが、その力で拳銃を暴発させ、怪我をさせたことは間違いない。

 人が集まってくると厄介だ、と慌ててその場を立ち去ったのだが――

(自分の場所が判らない)

 路地の奥へ奥へと進んで行った。暗がりの方へ。

 街灯もまばらであり、見上げた星の光の方が明るいかもしれない。

 引き返そうとしたら、オレの起こした騒動に巻き込まれるのが確実だ。

(こういう時は……スマホっ!)

 依り代ウラベの記憶。それによれば、スマホで地図を確認するというのだ。

(この世界は便利だなぁ――)

 と、スカートのポケットに手を入れた。スマホを入れたはずなのだが――

「痛ッ!」

 チクリと何か指先を傷つけた。慌てて指を口元に持っていくと、鉄臭い。血が流れている。

(なにッ?)

 もう一度、ポケットに指を慎重に入れて、スマホを取り出した。

「――最悪だ……」

 取り出したスマホは、画面が割れていた。先程、指を傷つけたのは、このガラスか? 電源ボタンを押したところで、明かりらしいのは点くが、全く機能していない。

(どこで壊した?)

 あの格闘の時ぐらいしか思い当たらない。

 高かったのに、不仲な親に何とか買ってもらった……そんな記憶が頭の中を走る。

「そんなこと言っても、非常事態だったんだから!」

 自分の記憶に、文句を言っても仕方がない。

 ここから移動しないと……ともかく、家に帰らなければ――

 元々、オレには土地勘もないし、ウラベの記憶もあやふやだ。

(明るくなるまで、どこかに隠れているか?)

 案外、ブロック塀やアスファルトで舗装された街並みだが、野宿は異世界と変わりはしない。やはり夜は動かない方がいい。

(モンスターやらがいないだけマシか……)

 まあ、あの撃退した謎の獣人が襲ってくるかもしれないが、それは低い気がしていた。

「いたッ!」

 そんな野宿を決めていたオレに、突然、声がかけられた。

(見つかった!?)

 でも、人の気配はしなかったが……それに、聞き覚えのある声だ。

「何してくれているんですかッ! 占部さんッ!」

「いっ、一夜いちや!? どこに!」

 確かに、声の主は魔女・落合おちあい一夜だ。オレは声のする方角を見上げたが、夜空が広がっているだけだ。しかし、声はするけど姿は見ない。

「こっちです。こっち!」

 声はドンドン近づいてくる。だが、姿は相変わらず見ない。

「どこにいるんだ。一夜!」

「ここですって! 目の前にいるでしょ!

 背が低いとかアナタもバカにしているんですか?」

「そうじゃなくて!」

 どこを見回しても声だけだ。だが、

「あッ、そうだった……ゴメンナサイ!」

 と、布がこすれる音が聞こえた。

 すると突然、目の前に一夜の姿が現れたではないか!

 彼女はフード付きのローブを着ていた。察するに、そのフードには被ると、風景に溶け込む魔法が掛かっている様子。そのために姿が見なかったのだろう。

「あのガラス瓶を使ったんですね。だから飛んできました!」

 と、左手に持った竹箒を見せる。

 絵本で出てくる魔法使いのお決まりの飛行道具……そうウラベの記憶が教えてくれた。

 オレのいた世界で、わざわざホウキで飛ぶようなのは、いなかったが――

「それも魔法の道具か?」

「ホームセンターで買ったものに、アタシの薬で……そんなことより、ここはマズそうです。

 いきましょう!」

 と、竹箒に跨がった。丁度、お尻の当たる部分の柄には、クッションが巻かれている。

「さあ後ろに乗ってッ!」

 と、彼女は細かい竹が密集したホウキ部分を叩いた。


※※※


 再び一夜はフードを被ると、空に舞い上がった。

 どうやらフードの効果は『空飛ぶホウキ』を伝わり、オレの方まで消えているようだ。ただ、急いで来たというわりには、人が走る程度の速度だ。

「逃げるって言ったわりには、遅くないか?」

「あんまり早く飛ばすと、フードが取れますから!」

 まあ、他人から見ないようにするフードを被っている時点で、急ぐ必要がないのだろう。むしろ彼女が言うように、フードが取れて空飛ぶふたり組を地上から見られる方が困る。ここは一夜に従うべきだろう。

 しかし、ここからどこへいくというのだろうか?

 オレが騒ぎの起こした繁華街の上空を飛び、駅前をすぎて、住宅街へ飛んで行く。

「もう少しで、アタシのウチに着きますから、今晩は泊まって行ってください」

「押し掛けて、大丈夫なのか?」

「今晩何があったか、キッチリ説明してもらいます。でないと……」

「でないと?」

「アタシが怒られます!」

(例の街の治安維持、関係か?)

 オレは聞かなかったがそう察した。

 一夜が前に『世界の裏の治安維持』を魔女がしていると説明した。ひとりやふたりで、治安維持など出来ない。それなりの組織があって当然だ。それに「魔法を使うのをオススメしない」と護身用に渡してきたガラス瓶。あのときの事を改めて考えると、この世界では強力な……そう、オレが使ったような火の魔法は、制限があるのかもしれない。

(非常事態だったから許してくれるのかな?)

 あの時は、謎の獣人の撃退に使ったのだ。

 攻撃的な魔法をそこらで使えるとなれば、表でも裏でも平穏な生活なんて実現は無理だろう。だから、妙に神経を尖らせているのか?

「着きましたよ」

 オレがいろいろと考えている間に、目的地……一夜の家に着いたようだ。

(えっと……ここが魔女のウチ!?)

 目の前にあるのは、立派なマンションだ。

 2階建てのボロアパートとは大違いだ。

 鉄筋コンクリート製の壁がそびえ立っていた。入り口は二重扉――しかも自動ドア。住人以外の出入りが出来ないように、エントランスホールには操作パネルがある。1枚目の扉は開いても、住居人以外で2枚目は開かない仕組みだ。

「コーポOCHIAI?」

 入り口に書かれていた。そのA棟と――

「目立つといけないので、早く入りましょう!」

 と、声はする。その一夜はフードを被ったままで、ひとりだけ姿を隠している。入るための操作パネルが動いているのは判るが、オレの姿は竹箒から手を離してから、見られているようだ。エントランスのガラス窓に、しっかりと姿が映っているから。

「さあいきましょう!」

 まだ声だけがしたが、住人専用の2枚目の扉が開いた。 

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