繁華街2

 ヤバい、逃げろ! と、占部洸ウラベ・アキラの記憶が警告してくるが、逃げられない。

 オレの手首を掴んでいる警官は、人とは思えないもの凄い力で、外そうとしても無理だ。

 それよりも、警官が人気のない場所に、オレを引きずり込む理由があるだろうか?

 先程までのきらびやかな街並みとは全く違う、薄暗い路地へ――

「飯だ!」

 ようやく離した。だが、何かの目の前に――獣のような、それでいて人のようなもの。正体が判らないが、何体かいるようだ。

「お嬢ちゃんが悪いんだよ。真夜中にひとりで徘徊しているから。

 補導するのは面倒くさくてねぇ」

 警官はひとりでなんかブツブツ言っている。だが、オレはそれどころではない。

 地面に叩きつけられて、その何者かに肩を掴まれた。

 肩を掴む指は芋虫みたいに太く、掴む腕にはもじゃもじゃの毛で被われている。そんなのが自分達の方へ……暗闇の奥へと、引きずり込む。

「このッ!」

 当てずっぽうであるが、オレはその獣の頭がありそうな場所を蹴りつけた。

 ウラベの体力は確実に異世界の自分よりは少ない。だが、痩せ気味ガリガリだが関節が柔らかく、鞭のように扱える。

 手応えはあった。手が緩んだので隙ができた。身体をヒネり、飛び起きる。

 その時、スカートのポケットから、何かが落ちた。

 あの魔女・いちからもらったガラス瓶だ。

 慌てて握り締める。

(魔女の説明では、魔法が使えるようになると言ったが……)

 オレは半信半疑で握り締めた。だが、何も起きない。

 それもそうだ。冷静に考えたら、「たたき割れ」だ。慌てて、地面に叩きつける。

 ガラスと一緒に、中に入っていた液体が飛び散った。

(おい、これでお終いかよッ!)

 何も起きない……魔法が使えると、魔女に言われていたが、その感覚が戻っていない。

「マジか!?」

 と、慌てて飛び散った液体に指を振れた。

 その瞬間だった。

 飛び散っていた赤い液体が、触った指を伝わりオレの全身に流れ込んで行く。まるでオレの身体が吸い込むように――だが、全身に痛みが走った。

 痺れるような感覚。

 次の感覚は、自分の中に燃えるような感触。そう、異世界で魔法を使っていたときと変わらない感触が、身体にわき上がってきた。

(今ならいけるッ!)

 右手に力を込めると、熱く燃え上がる感じがした。

 見れば、炎の弾が生まれようとしているじゃないか!

「食らえッ!」

 自分を暗闇に引き釣り込もうとしたそれが、人間で無いことは判っている。右手に宿った火球を投げつけた。

 オレを自分達の方へ、引きずり込もうとした1匹に命中した。

「グアワワワァー」

 自分の放った火球により、暗闇が照らし出された。そして、そこには全身毛むくじゃらの、人間とも猿ともわからない生き物がそこにいた。

(オーク? ゴブリン? いや、見たことのない獣人だ!)

 オレのいた異世界に該当するのもいない。

 今のところそんな獣人が3匹。

 火球が当たった1匹は、アッという間に体毛が燃え上がり、火だるまになった。首を掻きむしりながら倒れ込む。気管にでも火が回ったのか、息が出来ずにのたうち倒れ込んだ。

 そして、動かなくなった。

 それを見た他の獣人は、身の危険を感じたのだろうか。見た目に反して警戒心が強いようだ。散らばり、闇の中に消えて行ってしまった。

「おい、待てよ!」

 気が付けば、ここに引きずり込んできた警官が、逃げようとしているではないか。

 ウラベは案外、足が速い事をようやく知った。スニーカーは安物らしいが、走りやすいので、ダッシュが効く。体重は軽いし、そのまま飛び上がると、逃げる警官の背中に蹴り込んだ。

 重さはスピードで解決できる。

「痛ってぇー……」

「警官さんよ。どういうことか説明してもらおうか!」

 あんな人間とも猿ともわからない生き物。ウラベの記憶には、この日本にはいない。しかも、この警官は『今日の飯だ!』といっていた。

 他にも被害者がいたのであろう。つまり、あれを退治することなのか……いや、そんな簡単な事ではないはずだ。この世界の異変の一片を掴んだだけだ。

「この……グッ!」

「女子高生に向かって、拳銃はないだろ!」

 警官は、腰につけた拳銃というものに手を伸ばそうとした。

 オレは咄嗟に、伸ばした手を踏みつけて阻止する。しかし、大人の力に、負けてしまった。振り払われてしまった。

 立ち上がり間合いを取られると、拳銃がこちらに向けられる。

「形勢逆転だな! 魔女っ!!」

「そうかい……」

 オレは右手に力を込める。すでに赤く光を放っていた。

燃えろフラッシュ!)

 引き金を引くのと同時だったのか、オレの火球が拳銃目がけて飛んで行った。

 その間、1発撃たれた。弾は火球に飲み込まれ、そのまま拳銃に当たる。

 拳銃は熱で真っ赤に染まり出すと、何故か爆発したではないか!?

「ギャーッ!」

 警官は悲鳴を上げた。

 しっかりと見ていないが、拳銃を握り締めていた手が血で真っ赤だ。指を吹き飛ばしたかもしれない。

「なに? さっきの悲鳴は!」

「爆発した音が聞こえたぞ」

 悲鳴が、爆発音が表通りに響いたらしい。通りで歩く数名が、その音に気が付いたようだ。

(ヤバい、ヤバい!)

 オレはその場を急いで立ち去るしかなかった。

 厄介事に巻き込まれるのはゴメンだ。しかし、警官の飼っていたバケモノが、ヒントかもしれない。

(だからといって、今はどうしようもないッ!)

 獅子の試練。

 解決方法は深夜の暗闇のように全く、見当が付いていない。

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