ウラベ・アキラを救え

 魔女、落合おちあい一夜いちやは簡単に説明してくれた。

 この現代日本にも不思議な事件が起きている。

 ウラベ・アキラのような、表の世界の人間が知っている警察などには手に負えないことだ。

 それを裏で解決しているのが、魔女だそうだ。

 そして、オレのように異世界から飛ばされたのも、その裏の事件というわけだ。


 世界を救え――


 と、たったそれだけで飛ばされてきたオレ、マイケル・マーティン=グリーンにはありがたいことだ。

(これで帰れるかもしれない)

 だが、肝心の『世界の危機』的なことは、一夜にも思い当たる節がないという。

 そこでヒントになるのでは、と頼んだのが、『異世界を覗ける望遠鏡』というわけだ。

 もう一度、元の世界を覗けば、『世界を救う』ヒントが判るかもしれない。

 望遠鏡の到着まで、2週間ほど。その間、待機ということになるが……

「あまり目立たないでくださいね」

 とは、一夜に言われていた。

「何かあったときに――」

 と、手に握れる程の小さなガラス瓶を渡された。赤い液体が入っており、フタがない。熱で溶かされ封印されて、漏れないようになっていた。

「この世界では魔法は使えます。でも、あまりオススメはしません」

 確かにオレは試した。だが、思っているようには火の魔法が使えなかった。大きな火球をイメージしたが、出来たのはロウソクのような小さな火だった。

「占部さんが、魔法に目覚めていないから使えないのでしょう。このガラス瓶には魔法を目覚めさせる効果があります」

 一夜はこれを渡すときに少し躊躇していたようだが、

「何かあるといけないので、渡しておきます。使うときはたたき割ってください。

 ただし、魔法はオススメしませんから」

 そう念を押して渡してきた。

 オレも使わないことを望みたいものだ。だが、元々、ジッとしているような性分ではない。

 自分でも何か出来ないかと、別のアプローチを考える事とした。

(世界を救え。まずこのウラベ・アキラを助けないと!)

 何せ、この憑依している身体。今の自分が、控えめにいってクズだったことだ。

 自分自身を嫌っているだけではなく、親も嫌っている。片親だけシングルマザーで周りと違うのは、確かに両親の所為かもしれないが、それで自分のことさえ嫌っていたのだ。

 情報収集として、学校に来てみたが……友達らしいのもいない。ウラベはクラスメイトと距離を取っているし、周りもそうだ。

 クラスの担任なる人物は、何とか打ち解け合おうとしてくれたようだが……オレが憑依する前に、諦めたようだ。

 今は、冷たくあしらっている。

 それで他の人も信用せず、学校でも一匹狼を気取っていた。

(何かを救う前に、自分を変えないといけない!)

 オレは、まずウラベ・アキラを救わなくてはいけない気がしてきた。

 クズだと思ったのは、先程述べた人間関係もそうだが、自分自身の頭が悪い。

 成績の話だ。

(こいつ本当にバカだな……)

 どうすべきかと、オレが悩んだ結論は、単純なことだ。

 勉強をすればいい。授業にまともに出ていない。だから成績が悪い。

 なので、この世界の授業に参加した。周りからは不思議がられたが――

 しかし、日本の言葉は一体どうなっている。

 ひらがな、カタカナ、漢字……漢字が最悪だ。

 今まで勉強していなかったのか、ウラベの記憶にはほとんど漢字の記憶がない。数学はまだ10進数なので、この世界の数字と記号を覚えれば軽いもの。ただ問題文を理解できない。漢字の所為で。

 挙げ句に英語外国語まで加わってくる。

(この世界の教育は、どうなっているのか!)

 怒っても仕方がない。無い物は手に入れるしかない。

 クラスメイトの話を聞いていると、近々試験があるらしい。

見返してやるウラベ・アキラという女子を救えるのはそこか――)

 ということで、片っ端から教材を探した。

 ウラベの家には子供の頃からの、教材は捨てていたようで、書店にいって、有り金をはたいて買い込んできた。

 日本語はオレにとっては、外国語のようなものだ。

 楽ではないが、越えられない壁でもなかった。


※※※


「カンニングしただろう」

 試験結果は上々だった。だが、担任はオレ、ウラベ・アキラが不正をしたと決め付けてきた。

 まあちょっとやり過ぎた感はある。

 いきなり、学年トップ10に入り込んだから、疑われても仕方ないかもしれない。

「――いいえ」

「ウソをつくんじゃない!」

「――いいえ」

「正直に言えば、今なら許す」

「――いいえ」

「貴様ッ!」

 ただ成績が上がっただけなのに、オレは理不尽にも停学2週間を喰らってしまった。

(ウラベ・アキラを救えなかったじゃないか!)

 異世界の住人であるオレは、学校で情報収集を行おうとしていた。しかし、憑依しているウラベ・アキラは登校もままならず、人付き合いもしていない。ならばと、情報収集のために真面目に通って、ついでにウラベの落ち込んでいた成績を上げたのだ。

 その結果が、不正を疑われ、停学2週間。

 あの魔女。いちの頼んだ魔法具が届くのに、後1週間。接点が、学校しかなかったので、相談できる落合一夜にも会えないでいる。

(他に情報収集する方法はないのか?)

 ウラベの記憶には『夜の街』が、情報が集まる、と――

 まあ、オレがいた異世界でも、情報収集といえば『夜の街』なのだが、

(どうすべきか……)

 正直、オレはどう情報収集すべきなのか解らなかった。

 異世界であれば、酒場に入って、ちょっと引っかけながら小銭を渡せば、気前よく噂話は聞けた。だが、今の身体では、酒場には入れないという。

 面倒なことに年齢制限があるらしい。

 ただ、ウラベ・アキラの記憶……路地の曲がり角に立っていて男が来たら話をしろ、と。そして、『何かあったら路地裏に逃げ込め』と――

のようなことをしないとダメなのか!? このオレが!)

 依り代の記憶に少々怒りを覚えた。だが、現代は厳しいらしい。それにこれは、公平な取り引きだと、ウラベの記憶は言っている。

 他にもあるだろうと思ったが、頼れるのはこのウラベ・アキラの記憶のみ。

 おれは渋々、従うことにした。

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