記憶の砂時計

 あたし、ウラベ・アキラは、『魔女・一夜いちや』から渡された砂時計を試すことにした。

 胡散臭さはまだあるが、試してみないと分からない。

 言われた通り、枕元に砂時計を置く。

 そして、夢を見た。


 2月3日。


 その日、あたしがどうして行ったのか? お祭りなどと――理由が思い出せなかった。

 この街には『茂林寺』という、ちょっと名の知れたお寺がある。

 山の中腹付近にあり、麓から長い階段を上らなければいけない。

 そこで、節分の時期に火祭りが行われていたことは知っていた。しかし、小さい頃から、まともに親や友達とは、祭りなどに連れられたことも、行ったこともない。いつもだったら、いく気など起きない。

 その日は、何故かあたしは祭りのメイン会場というべき、境内の長い階段に立っていた。

 周りは人がいっぱい。その中で知り合いもなく、いたなんて不思議なものだ。

 時間は深夜。

「おーい。登ってきたぞ!」

 下を見れば、松明トーチを持った半裸の男の人が、長い階段を駆け上がってくるのが目に入った。

 あたしのすぐ近くには、火の付いていないかがり火が置かれている。同じようなものが均等に階段に並べられていた。これに火を付けながら登って行くのが、役目らしい。

 駆け上がってはかがり火に火を付けと、繰り返し最後のお寺まで。麓から始まり、太陽が昇るまでにつくのがルール。そして、火の粉を浴びると、その年はいいことがあるとか――

 あたしはボーッと目の前を通り過ぎる松明を見ていた。それから、隣のかがり火に火が付けられる。役目の男の人は、淡々と済ませると駆け上がって行った。

 かがり火がパチパチと弾けて、火が燃え上がる。あたしの黒髪に火の粉が掛かったのは覚えている。

 その時、ふと手を伸ばしたくなった。そのかがり火に――

「お嬢ちゃん、危ないッ!」

 声がかけられたが遅かった。

 元々、かがり火は、3本の棒を束ね、その上のかごの中の火が燃えていた。

 不安定ではなかった、と思う。昔からそうしていたのだ。

 ただ、あたしは運が悪かった。

 不意に触ったあたしが悪い。

 場違いな場所にいたあたしが悪い。

 勢いよく燃え上がった火の塊が、自分に寄りかかったところまでは覚えていた。


※※※


(どこなんだろうか?)

 目を醒ましたあたしが見たのは、真っ白な世界だった。

 上下左右を見回しても真っ白で、どこまで続いているのかさえ分からない。

 それに……自分の身体が何かおかしい。

 伸ばした腕もいつもより長く感じるし、筋肉質になっている。

 それになんだろう……革の粗末な手袋に、なんの素材で出来ているのか解らないプロテクタのようなものが、腕を被っていた。胸に目をやれば、鉄板が被っている。腰から脚にかけても、あきらかに先程、祭りの時にいたと服装が替わっていた。

(面倒だったからセーラー服にジャンパーを羽織っただけだったのに――)

 ごつい革のブーツ。脚の動きを邪魔しないようスリットはあるが、膝まで隠れるスカートを巻いている。脚もタイツを穿いていたが、ナイロンとかそういったものよりも、分厚い感じがする。

(暑苦しい)

 確かに2月の頭だ。だからとはいっても、この格好は暑苦しく感じる。

 それよりも、驚いたのは腰に長い鉄の剣を下げていたことだ。剣と理解できたのは、マンガとかで、見たことがあるもの。鞘の中にしまわれているが、剣に間違いはないはずだ。

 顔に手を当てる。鏡がないのでよく解らないが、その時、髪の毛が揺れた。

(自分の髪じゃない!? どういうこと! あたしじゃないわけ!?)

 あたしの髪は、黒いちょっと縮れた感じだしていた。だが、目線にはいったのは、赤色の髪だ。しかも長さも切るのが面倒で、長かったはずが、ボブぐらいの長さしかない。

 自分の身体がすっかり変わっていることに、混乱していると、更に拍車をかけられることが起きた。

「――我が子孫よ」

 突然、目の前にたてがみの立派な獅子ライオンが現れたではないか。しかも背中には翼が生えている。

「なッ、なんなの!?」

 驚きはしたが、何故かこの羽の生えた獅子に恐ろしさは感じなかった。確かに、動物園などで見る険しい顔はしているが。

「我が子孫よ。名をなんと申す」

「マイケル。マイケル・マーティン=グリーン」

 あたしは知らない名前を口走った。だが、すぐに思い直す。

 あたし……オレの名前だと。

 そして、段々とマイケルの記憶が流れ込んでくる。それにウラベ・アキラの記憶をすりあわされ、自分がいうなれば異世界の住人であることが、理解してきた。

 その証拠は、目の前の翼の生えた獅子だ。そんなもの現代日本にいるはずがない。

 夢で片付けてもいいかもしれないが、あまりにもハッキリしすぎている。

「マーティン=グリーンとな? 我が子孫が女とは――」

 獅子は少し残念そうな声で応える。

「男でなくて悪かったな。いるにはいるが、1歳の子に何が出来る。五〇近いクソ親父にも……」

 あたし……いや、オレは獅子に負けじと言い返した。

 記憶にない別の人間……いや、今の身体。マイケル・マーティン=グリーンの記憶から喋っている。

「私には、もっとも我が『炎の獅子』の血を強く感じるのは、お前ひとりだ」

「そうなのか? オレの弟は――」

「我が子孫として認められそうな、濃い血の持ち主はお前しかいない」

「ちょっと待て! 継母が産んだ弟は血が繋がっていないのか?」

 オレの記憶が甦ってくる。

 家督を継ぐはずだったオレが、継母の間に弟が出来た所為で、不要になったのだ。

「確か……オレは勘当されて――」

「人間の沙汰など、私には関係がない」

「大ありだよ! オレはなんのために――」

 オレには何か目的があった。が、記憶が曖昧だ。

(重大なことのはずなのに、なんでこんな時に限って――)

 このあたりになってきて、この夢はあの魔女・一夜が渡した砂時計の効果だということが解ってきた。だが、中途半端な効果だ。大事なところが、ちょくちょく欠けている。

 オレは何かのために、この『炎の獅子』に会いに来たのか、情報が曖昧だ。

「――力が欲しいか? 我が子孫よ」

「そうだッ! 力だ! 力が欲しい。早くよこせ!」

「そう、急かすではない。我が子孫よ」

「どうせ力を手に入れるのには試練が必要なんだろ? 早くしてくれ!」

「その通りだ。我が子孫よ」

「何すればいい。お前をぶっ倒すか?」

「獅子は、余計な暴力は使わないものだ。我が子孫よ」

「説教はいいから、早くしろ!」

「ではよく聞くがいい。我が子孫よ」

「早くしろって、意味はわかっているのか?」

「――うるさいわ! この小娘!!」

どうかつで、オレをどうにかできると思うなよ! 『炎の獅子』かなんか知らないが!」

「小生意気な小娘にはもっともキツイ試練をやる。心せよ!」

「おう。生ぬるいのじゃあ、飽きちまう」

「――世界を救え!」

「はッ? それだけか?」


 その途端、まぶしい光で再び目が眩んだ。

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