理科室の魔女3

「――なるほど、自分が自分ではない。ふむふむ」

 一応、落合おちあい一夜いちやは、あたし、占部ウラベアキラの話を聞いてくれた。

 自分が自分ではない感覚――彼女の口から『現実喪失感』や『じんかん』と小難しい言葉が出てくる。小馬鹿にするようなこともなく、真面目に聞いているのが、少し安心してきた。

 ただ……時たま、頭を抱え、首をヒネったりしているのは、あきらかに彼女の手では持て余す内容なのかしら?

「大丈夫なの?」

「えっ、ああ……頑張ります!」

 あたしが彼女を励まして、どうするんだ。

「それで、その感覚がハッキリと気が付いたのは、いつぐらいかは分かりますか?」

「それは――」

 いつのことだっただろうか? 1週間……いや、もっと前からのような気がする。今月の初めの頃から?

「何か大きな事が起きましたか?」

「何かって?」

「例えば――交通事故とか?」

「さすがにそんなことがあれば覚えて……あれ? なんで思い出せないの?」

 今月の頭の方に何かあった気がする。でも、その部分の記憶が思い出せない。今月の頭と言えば、カレンダーを見れば節分あたり。

「なるほど――ヒントはそこに隠れているのかも?」

「ヒント?」

「離人感の原因ですよ。それに占部さん、思い出せないんでしょ? その記憶が――」

「よく分かったわね」

「アタシ、魔女ですから」

(いや、あたしの顔色を見ていただけでしょ?)

 と、突っ込みたくなったが、黙っていることとした。

 そして、彼女は机に隠れていたものを取り出す。それは巨大なリックサックだ。

 いつも持ち歩いているのかは分からないけど、中身を取り出せば、目の前の小柄な彼女がすっぽりと入ってしまうぐらいの大きさ。数日間山登りするのかと、思えるような量の荷物が入っていそうだ。

 一夜はおもむろにリックのチャックを開けると、中身を取り出しはじめた。

 最初に出てきたのは教科書、ノート類。学校で使っているもの。

(この子、毎日持ち歩いているのか?)

 乱雑にリュックの中身を理化学準備室の机にぶちまけて行く。中には飲みかけのペットボトルや弁当箱まで……まるで整理整頓がなっていないのは、なんか気に入らない。

「これ! これをあげます!」

 しばらくして、ようやく探しているものが見つかったようだ。

「何? これは……」

 取り出されたものは砂時計だ。炭酸飲料のペットボトルほどの大きさがあり、キラキラ光る赤色の砂が詰まっている。

「眠った記憶を呼び起こしてくれる魔法具です。これが役に立つと思います」

 ようやく魔女らしいものが出てきた。そう思ったのだが、

「どうやって使うの?」

「枕元において寝てください。もちろん砂を落とした状態で!」

 と、その説明をスマホの画面を見ながら言われた。

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