理科室の魔女2

「さて、自己紹介は必要ありますか?」

 クルリと勿体ぶったように彼女は、あたし、占部ウラベアキラに顔を向けた。

 おちあいいち。同じクラスの小柄な少女で、おまじないの天才『魔女・一夜』と噂されている。

 それぐらいしか知らない。高一の初日に、自己紹介をクラス全員したと思うが……席の隣の人間がどんな名字かなんて、あたしは覚えていない。だから、声なんてかけたことがない。

「――あたしは……」

 そんな感じなので、相手も自分の名前など覚えていないであろうと、名乗ろうとした。

 でも、彼女はそんなあたしを遮るように手を突き出してきた。

 そして、得意げに、

「占部コウさんですよね?」

「アキラ……」

 まああたしの名前は読めないのが多いが……なんか信用できない、と第一印象――

「へッ?」

「さんずいの光で、アキラ……」

「ゴメンナサイ。間違えました」

 すぐに謝るのも、なんかシャクに障ってくる。

(魔女じゃなかったの?)

 そもそもこの子は、理化学準備室で何をしているのか?

(白衣を着て科学者気取り?)

 たしかに準備室の机の上には、ビーカーが並んでいる。中身は半透明の液体だろうか? 赤や青、緑などカラフルなのが何個もだ。それとアルコールランプにかけられたビーカー。その液体の中に、紙テープの塊か入れてあった。ただ、液体が沸騰し、蒸発を初めて焦げ臭い臭いもしている。

「大丈夫なの?」

「へッ? 何がですか?」

「その火にかけている――」

「あッ! ヤバい!?」

 何かの実験中だったのか分からない。だか、あきらかに失敗したのだろう。

 落合は慌てて、アルコールランプの火を消すと、ビーカーの中の紙テープを取り出した。ピンセットで。ただ、慌てて水道の水で取り出したものを洗っているのを見ると、

「納期が近いのに失敗した!」

 と――

(やっぱり失敗していたのか……それってあたしの所為?)

 一瞬、落合の顔が自分の方に向けられていたのが見た。

(あきらかに怒ってる顔よねぇ――)

 でも、それは落合本人の問題じゃないの? たまたまあたしが来ただけで。

 何をやっていたのか分からないが、実験から目を離したのは、彼女の所為でしょ?

「――久しぶりのお客さんだから、舞い上がってしまってゴメンナサイ」

 彼女は息を整えながら、そう言ってきた。

 それは何か……あたしが今日ここへ来るということを、判っていたような言い草だ。

「驚かれたと思いますが……今どきの魔女となれば、のお客さんが来ることは、事前に知っているんですよ」

「本当の客?」

「はい! 何かお悩みがあって、アタシを訪ねてきたのでしょ?

 人の悩みを解決するのが、今の世を生きる魔女の役目ですから!」

(――胡散臭い)

 悩み事がお見通しと……ニコニコとそんなことを言われると、逆に気が引けてくる。

 まるで話している内容が、新興宗教の勧誘的な感じがしてきた。

「落合……さん? 逆に聞くけど、『本当の客』とかっていうのは、どうやって判るの?」

 落合は白衣のポケットに手を突っ込むと、何かを探りはじめた。

 そして彼女が取り出したのは、何の変哲もないスマートフォン。

 その画面を見せて、ニコニコ微笑みながら、

「はい! 毎朝スマホの……ちょっと、なんで帰ろうとするんですか!?」

(相談相手を間違えたかもしれない)

 あきらかに胡散臭いだろう。

 あたしが来ることを、スマホのコミュニケーションアプリの『LINK』の通知で知って!?

 おまじないの天才だがなんだか、噂になっているのだ。魔女の魔法や、道具のひとつぐらい見せると思ったけど、スマホの『LINK』で片付けているのは!

 帰ろうとするあたしの腕を彼女は掴んだ。まあ、たいした力ではない。でも十分、振り切れるほどのか弱い力だけど――

「疑っているでしょ! 今どき『魔女』だって、アプリやパソコンだって使えこなさなければ、時代に置いてかれるんですから」

「だったら、魔女の力ぐらいひとつでも見せてみなさいよ!」

「アナタの名前を当てました!」

「あたしが、あんたと同じクラスだし……そもそも、名前を間違えていたでしょ!」

「まあ……それは、すぐに読めるわけじゃないでしょ? 『洸』がアキラなんて!」

(ちょっと言い過ぎたかな――)

 掴んで逃がそうとしなかった腕から力が抜けた。

 まあ……彼女にも事情があるかもしれない。

 そういえば、先程見せたスマホの画面には、『占部洸』と、自分の名前が映っていた気がする。それに本物の魔女がどんなのなど、正直言って知らない。

(案外、彼女のように日常世界に紛れているのかもしれない)

 なんだかあたしは、バツの悪い気がしてきた。

 少し……少しだけ、話をしてもいいのかもしれない。

「分かったわよ。本当にあんたが『魔女』だって言うのなら、あたしの悩みを解決できるっていうのよね!」

 あたしは理科準備室の堅い木製のイスに腰を下ろした。が、

「頑張ります!」

 と、他人事のように言われたのが妙に引っかかる。

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