理科室の魔女1

 それは昨日のこと。

 今、思い出してみると、本当の占部ウラベアキラとは違う行動をしていた。

 だから、怪しまれたのかもしれない。

 あの『魔女』に――

 あたしは一匹狼を気取っていた。

 記憶を遡れば、あたしは自分が嫌いであり、周りの大人……親も含めて、その他、人を信じていない。当然、クラスメイトなどもだ。

 そのくせアパートから一応、高校には行っていた。

 母親の顔を見たくなかった――正直、母親とは上手くいっていない。夜の仕事をしている母親とは、顔を会わせるのはほとんどなく、あっても口げんかばかり――かと言って、街をブラつくと、妙なのや、警察に絡まれるのが鬱陶しい。

 だから、学校には行っている。部外者が入って来ないから。

 しかし、授業なんてこの1年間、まともに出ていない。教室の自分の席で寝ているか、教師が鬱陶しければ、非常階段の片隅で暇を持て余していた程度だ。

 そんなあたしが、その時に限っておかしな行動をした。

 それは……高校に入ってから、噂に聞いていたことだ。


『不思議なことはおちあいいちに相談した方がいいよ』


 それを耳にした時は、あたしは小馬鹿にしていた。

 その噂というのは「恋愛が上手くいった」「嫌いな先輩がしばらく休んだ」などと、あたしには、たわいのないことばかりだったのだから――

 そして、いつしか、おまじないの天才『魔女・一夜』として、それなりに有名になっているようだ。しかし、その時のあたしの記憶では、魔女は空想上の扱いだ。もちろん、魔法も――

 でも、

(この『他人のような感じ』を何とかなるのか?)

 から、不安な感じが続いていた。

 身体を動かすのにも気分が悪い。操り人形。自分を俯瞰している。自分が自分でない感覚が抜けることがなかった。

 そのくせ、今までの自分の行動を考えると、誰にも相談できなかった。

 友達もいない。教師なんて論外。母親もダメだ。

 そこに来ての『魔女・一夜』だ。

(胡散臭いことは分かっているけど――)

 魔法とか信じていないが、その時は何故か相談する気になった。

 確か同じクラスに、落合という小柄の子がいたのを思い出した。それが『魔女・一夜』であるとまでは分かった。

 そして、出没しているのが、理化学室だという。

 魔女といえば……老婆が三角帽を被り、怪しげな鍋をかき混ぜているイメージが、あたしにはある。

(何故、理化学室など……魔法と正反対な場所に魔女がいるの?)

 ウチの高校にどんな部活があるのか、全く覚えていなかった。

 入学後に説明会をやっていたようだが――その当時から、あまり人に関わらなかったから。運動場で、サッカーと野球をしている。放課後に音楽が聞こえる。

 部活に関しては、その程度だ。

 後で聞くことになるが、落合一夜は理科部とかいう部活、正確には同好会かもしれない。部活には定員があり、彼女ひとりなので満たしていないとか。

 まあそんなことは、どうでもいいわけで――

 放課後あたしは、理化学準備室に来てしまった。

 理化学室はカギが掛かっているが、準備室の方は人の気配がした。こちらにいることは分かったのだが、

(どうしようか……)

 この土壇場になって、入るべきか否か悩んでいる。引き戸の取っ手に手をかけたまま、固まってしまった。

 取っ手に手をかけて固まっているのは、数秒だったのかもしれない。

 だが、

「入る気があるのなら! 早くしてくださいッ!」

 と、突然、勢いよく引き戸が開いた。それと大声。

「また生徒会の刺客で――あら、失礼しました。お客さんですか?」

 あたしの前で小さな子が騒いでいる。

 この理科部……いや、理科同好会が生徒会と揉めてるのかもしれないが、あたしの悩みよりも小さな事だろう。

 さて、目の前にあたしより頭ひとつ低い子がいる。確か落合は同級生だ。そして、ウチは中高一貫校でもない。ということは、目の前にいるのはその『魔女』となる。

(想像していたよりも――小さい)

 一応、クラスメイトだ。初対面ではないが、言いかけたその言葉を引っ込めた。

 制服の上に白衣を着ている。黒のおさげに丸渕の大きなメガネ。魔女とはかけ離れた、あきらかに理系の感じの子だ。

「お客さんですよね?」

「――あッ、あんたが……」

 しゃべり慣れていないのもあるが、あたしは簡単な言葉でも詰まらせてしまった。

「どうぞ、どうぞ。廊下では話しづらいでしょうから――」

 拒否も出来ないまま、落合に引きずられるように、理化学準備室に連れ込まれた。 

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