オレ、占部洸。15歳。

目覚めの悪い夢

 ピピピピピピッ!


 頭が痛ってぇ――と、あたしは、けたたましいアラームで起こされた。

(鬱陶しいが、学校にいかなくちゃ――)

 そんなことを考えながら、手を伸ばして、枕元のスマホを探し当たる。そして、アラームを消した。

 現在、6時を少し回ったところ……おぼろげながら、イヤな夢を見たような気がする。

(学校か――)

 あまりいきたくない気がしている。でも、家を空けなくてはいけない理由があった。

 眠たい目をこすり、洗面台の前に立った。蛇口から水を出し、両手に受け止めると、顔を洗う。手探りで近くのタオルに手を伸ばして――

「ん?」

 あたしは目に入った見慣れない顔に驚いた。

「誰だ、こいつ!?」

 自分の記憶では、赤い髪に緑の瞳だったはずだ。でも、黒く長い癖っ毛に、黒い瞳の人物がそこに写っている。先程、水をすくい上げた指は記憶にあるよりも細いし、目に入った胸も膨らみがない。

 おかしい、と思ったが自分の意思と同じように右を向いたり、上を向いたり……瞬きをしてみると、鏡の向こうの他人は自分と同じ動きをするじゃないか!?

 あたしなのか? いや、はオレの身体からだなんだ、これは……

 自分だと認識できたが……そして、改めて自分が誰であるか、記憶を探ってみた。

(あたし……いや、オレは、占部ウラベアキラ。15歳で高校1年生。街の片隅のボロアパートに、母親とふたり暮らしの日本人。親父おやじは母親を捨てて出ていった――)

 今の記憶が確かなはずだけど……このところ他人に感じる。今もそうだ。ひどい寝癖が付いた髪で被われた自分の顔。15年も見続けているはずなのに、まるで他人だ。

 このところ、他人の身体を間借りしている感じがして抜けない。


 世界を救え――


 唐突に、頭の中に響いてきた。

 昨日の夢? そうだ昨日の夢の中でそんなことを言われた! と、再び頭痛がする。

 まるで他人の記憶を押し込まれるような感じがして、目が回りはじめた。

 目眩と、吐き気――吐きたくても、胃の中は空っぽだ。

 そして、経験したことのないはずの記憶が、どっと頭の中を駆け抜けて行くのだ。

 正気でいれるわけがない。

 あたしは、倒れそうになるのを、何とか洗面台の縁を掴んで耐える。

(オレ……あたしは一体誰なんだ?)

 周りを見回しても、いつものボロアパートのはずだが……「いつもの」という記憶と「初めて見る」という記憶が交互に現れては消えて行く。

 ふと枕元のものが目に入った。

 砂時計だ。血のように赤い砂を封じ込めた、古めかしい砂時計。中身の赤い砂は、下まで落ちきっていた。

(そういえば……これの所為なの?)

 昨日の夢も、今、ウラベ・アキラだということを確信がぶれているのも、この砂時計のためだ。

 あたしは走り寄って、砂時計を持ち上げた。

 ひょっとして、この砂時計を壊したら、この気分の悪い状況も、なくなるのかもしれない。

 そう思って――だけど、それを手にした途端、再び記憶が流れ込んでくる。

 頭が割れるように痛み出した。

「あたしの名前は……オレの名前はマイケル・マーティン=グリーン!

 世界を救うために、この世界に飛ばされて――」

 何故あたしは、突然、自分の知らない名前を……それに「世界を救え!」などという、恥ずかしいことを口走ったのか?

 あたしにはサッパリ解らなかった……いや、記憶が鮮明になってくる。

(確かに、マイケルは自分オレの名前だ)

 そう頭の中にあったあやふやな記憶が、鮮明に構築されて行く。

 この世界のウラベ・アキラの記憶とすり合わせれば、あたし……いや、オレがいた世界は剣と魔法の『異世界』ということになる。

 マイケル・マーティン=グリーンは、そこそこ名の知れた女剣士。その異世界で剣を振るっていた。

 ウラベの記憶では『マイケル』という名前は、この現代世界にもいるそうだ。向こうの世界でも、『マイケル』と付く女は珍しかったが……こちらでは――記憶に存在しない。つまりいないということか?

 そして、オレ、マイケル・マーティン=グリーンは、

「世界を救え」

 と、この世界に飛ばされて来た。でも、自分自身が飛ばされたのではない。精神だけがこの世界にいることになる。そう、占部洸という少女の身体を借りて。

 しかし、この現象が『世界を救う』ことに対して、成功なのか判らない。この1週間ほど気分が悪い事が続いていた。

 挙動もおかしくなる。人の身体に憑依して、挙げ句に記憶があやふや……。

(原因は分かったが――)

 元に戻す方法。つまり元の世界にあたしオレが帰る方法が判らない。

 当然だけど、この世界はあたし……いや、オレ、マイケルにとって『異世界』だ。

(こんなところ、とっとと、おさらばしたい)

 しかし、考えてみても帰る方法など判らなかった。当然かもしれない。

 先程、自分が『異世界の住人』であることを、思い出したばかりなのだ。

(手がかり……『世界を救え!』って一体?)

 ウラベ・アキラの記憶は、自分と共用しているので思い出すことは簡単。でも、その『世界を救う』ことが、欠落している。

 オレが、占部の記憶を覗いたところで、『地球温暖化がヤバい』とか『地球の裏側で戦争している』ということぐらいしか出てこない。

(これが『世界を救う』事になるのか?)

 曖昧すぎる――他にはと、考えても出てこないじゃないか!

(どうすべきなのか?)

 と、目線を落とす。そこにはあの砂時計が握られたままだ。

(この砂時計を渡した『魔女』だ! あいつなら何か知っているのかもしれない!)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る