コロ……シテ……

「あぁ、哀れな生き物。思いあがって……自分なら何でもできると思ってしまったのね? なんて無様で愚かしいの……!」


「まだ演出タイムです。この間に距離を軽く開けて初撃の用意に入ります。フィールドが変化する度にエリアチェンジ判定が入るので、この戦闘では判定重複攻撃の事前準備は有効ではありません」


「え? ソレ滅茶苦茶大変じゃね?」


 2代目カスが腕を振るうと神殿の壁が吹き飛んで破壊される。また、同時に部屋が他の神殿から隔離されて浮遊するバトルフィールドのように逃げ場を閉ざし、封じ込めに来る。決戦の舞台からは絶対に逃がさないという愚神の意思表示だ。


「はい、なので戦闘中に20ヒット程保存してから戦闘する予定でした。攻撃回避しながら判定保存するのでそこそこ時間がかかり、またフィールド変更の度にやり直しなのでやや面倒です。ですが攻撃パターンは全て頭に詰め込んであるので避けながら戦えば不可能ではありません」


 これが本来のチャート。攻撃を回避しながら重複判定をエリアチェンジの度に更新して戦う事。やや時間はかかるがヒット数の暴力で押し切って倒すというスタイルだ。ただこのチャートは不要となった。最大の理由は女騎士と融合する事でスキルを吸収する事に成功したからだ。


 レベル80で素の筋力値は大体85ぐらい、武器攻撃力が380で合計465。ここに《弓術》のパッシブで攻撃力が10%上昇する。つまりスキルを使わない場合の攻撃力は凡そ500前後、乱数で微妙に変動する形だ。


 ここに《ダブルダウン》による2ヒット攻撃は単発0.8倍攻撃だ。重複無しの秒間ダメージ数、つまりDPSは凡そ500x0.8x2で800になる。これを10ヒット増幅と摺り足で5連射すれば100ヒットで大体4万ダメージになる。10ヒット準備するまでにかかる時間は凡そ30秒と考えて良いだろう。


 女騎士融合ルートだとまず《弓術》のパッシブ数が違う。中級、上級、最上級を取得しているので筋力値に対する追加ボーナス、そして弓を使った戦闘でのダメージパッシブがこれだけで50%上昇している。その上でヒット数も倍率も更に優秀な攻撃スキルがあるのだ。


 この時点で同じ準備、時間の前提で数倍近いDPSが叩き出せる。この30秒という準備期間の間にヒット数を稼ぐ為に判定重複グリッチを活用するよりは、摺り足グリッチで攻撃回数を増やすほうが圧倒的に強い。30秒で準備を整えている間に目標のヒットストップへと到達できるからだ。


 この力関係は純粋な育成の差だ。育っていなければヒット数を増やすほうが強く、そして育っていれば摺り足の方が強い。最適なバグ、グリッチはレベルや環境、スキルでも当然変わってくる。そしてそれを見極めるのもまたRTA走者の腕前。


「女騎士のフラグ暴発したおかげで戦闘面は凄い楽になりました。その反面MP消費が異様に激しくなります」


「私達の出番だね」


「然りで御座る。戦力外である拙者らはひたすら氏と姫にMPポーションを貢ぐのが仕事で御座るよ」


「成程なぁ」


 10歩ほど愚神から距離を開ければ、戦闘の準備を整え終えた愚神が手を翳す。それに呼応するように神殿の周囲に6体の天使が出現し、素早く姫様が手を愚神に向けた。


「掌握」


「雑魚の召喚は止められないので範囲攻撃で一掃しつつ2代目カスを巻き込みます。融合した女騎士アーディは《弓術》の最上級スキルを習得済みの為、《矢雨》を習得しています。これは広範囲に雨のように矢を叩きつける10ヒット範囲攻撃ですので、摺り足でCT無視しながら連射します」


 上級、最上級スキルの強力なスキルは基本、CTが15秒から30秒、更に強力なスキルは60秒や120秒のCTを保有する。《矢雨》は強力だが範囲に特化している分、威力はそこまで高くはない。だが雑魚を処理するには十分すぎる威力を持つ。


 素早く摺り足で9連射もすれば飛び込んできた天使たちを全滅させながらダメージを与える事に成功する。ぱりん、とMPポーションが割れて回復する感覚がした。


「え、もう回復するの!?」


「吉田氏! 上位のスキルは消費MPが激しいので御座るよ! 素早く連射すればするほどMPは一瞬で枯渇するで御座る! アーディ氏のビルドはそもそもそんなにMPが多くないので余計そうで御座るよ!」


 うーん、助手有能。雑魚が消えた瞬間スキルを切り替える。単体連続強攻撃系スキルへ。


「《ネメシスバスター》、単体背水判定単発スキルです。CT60秒のスキルですがHPがレッドゾーンの時に活用すれば120秒スキルを超えるバ火力を見せてくれるRTAの強い味方です。ありがとう女騎士」


「アイツ、完全に他人を強化パーツとしてか見てない……!」


「吉田氏、ここはツッコミせずにポーション投げるで御座るよ。アレ、単発でMP3割持ってく故な」


 摺り足で3連射していると次のを発射する為のMPが枯渇するが、その間に幼馴染と西脇が、そして遅れてジョック君からMPポーションが使用される。それでMPが全回復すると全ヒットを集中的にカスの顔面にヒットする。


 《矢雨》からここまで全部で10秒、フルヒットした背水クリティカルの一撃が女神と言う名のカスを場外に吹き飛ばした。


「これで約25秒タイムの短縮になりました。本来のチャートでは必要だった事前準備が消えた結果のタイムですね」


「ふ、ふふ……そう、あくまでも抵抗するのね……人形たち、愚か者の相手をしてあげなさい」


 場外に抜け出すと浮かんだまま掌を上に向けるように手をカスが突き出した。その上に漆黒の球体が浮かび上がり、魔力のチャージが始まるのと同時に周囲に天使型のエネミーが出現する。それぞれが別々のキャラをターゲットするように視線を向け、魔法の詠唱を開始する。


「全体挑発をここで差し込むと詠唱阻害になり、近接戦に移ってくるので《矢雨》連打で近づく前に処理します」


 楽々処理できるので余裕がある。1ウェーブ目を処理するとフィールドの違う方角から再び6体出現する。雑魚処理ギミックで、雑魚を素早く処理する事でカスに魔力を十分に充填させないというギミックだ。割とここは女騎士を取り込んだ影響で余裕がある。


 挑発からの範囲攻撃で処理する。


「なあ、時枝。こんなに強いなら何で最初からアーディさんを仲間にしなかったんだ? こんなに強いのなら最初から戦っても強かっただろ。今、お前も無双出来てるし」


「お、良い質問ですね」


 雑魚3ウェーブ目を処理しながら答える。


「実は一時期女騎士と姫様を同時加入させるチャートも組んでましたが、結論から言うと逆にタイムが増えました。というのも姫様と違って女騎士の方は最初から高レベルで王国最強の騎士だったので、その名声は国外にも広がっている影響で女騎士関連のランダムイベントが発生する事があるんですね」


 例えば討伐依頼とか、知り合いとのエンカウントとか。キャラ固有のクエストやエピソードみたいなものは、キャラを編成している時に発生するものだ。


「特に致命的なのは女騎士を編成した状態で国境まで移動すると、自動的にフラグ関係で大規模作戦へとフェイズ移行する事です。これが最低で数十分の時間を取るイベントなので、最終的な戦闘タイムを考慮しても外した方が早いという結論になりました」


「へえ、強ければなんでもいいって訳じゃないんだな」


 そういうことなのです。姫様は終盤加入キャラで、固有イベントの類は全て加入前に処理するのがほとんどだ。なのでテイミングで加入させてもタイムへのロスはないのだ。そういう意味で姫様は最高のペット枠だと思う。


「使えない人形たちね……まあ、良いわ。これで滅ぼしてあげる」


「魔力の充填具合からHP8割ダメージぐらいですね。これは食いしばりで耐えます」


 雑魚がいなくなった所で纏っていた障壁がなくなり、手の中に生み出した暗黒の球体を一回握りしめてから掌を広げる。その瞬間神殿の足元が消え去り、そこにブラックホールの様な暗黒の球体が出現する。それに飲み込まれてから全てを破壊する様な爆発が巻き起こり、終わるのと同時に体が落下する。


 先ほどまでいた神殿の床ではなく、その更に下の花畑の中に着地する―――不思議とここはスリップダメージがない。ここが第2のフィールドだ。


「これでも滅びないのね……良いわ、少し硬い方が遊びがいがあるわ」


「演出が終了したので再び戦闘開始です!」


「掌握」


「こ、の……!」


 姫様の掌握に対して愚神が逃げようとする。1発避ければ次のが連続で放たれてくる。回避しようにも連続で放たれるステート攻撃を回避する手段なんてものは存在せず、愚神の体が掌握によって停止する。フィールドの外側から此方を狙ってくる雑魚の砲撃を回避するように動きつつ、今度は翼を狙う。


「1戦目は頭ですが、2戦目は翼が弱点です。しっかりと背水クリティカルを狙って叩き込みます」


「ごあっ」


 背水補正によってダメージ倍率が1024%まで伸びている《ネメシスバスター》を6つの翼全てに摺り足をしながら叩き込む。掌握の影響で戦闘ギミックの大半は無視出来ている影響で此方からの攻撃に対してほぼ棒立ちで受け止めてくれる。


 翼一つに10連射、それで翼が1つ砕け散る。6つ全て砕けると浮かんでいた愚神の姿が花畑に倒れ込み、落ちてきた姿を蹴り上げながら顔面にクリティカルの乗った背水射撃を連続で叩き込む。


「ごっ、がっ、ぐ、がぁっ!」


「翼を折ったらきっちり顔面に叩き込んでHPを削り切りましょう。少しでも油断して掌握を緩めれば次の瞬間にはリレイズを残していても全滅します。多段の根性殺しスリップ攻撃を当然のように仕込んでくるので、受けるって発想で攻撃を処理すると死にます」


「まあ、ここら辺は裏ボスとして共通の考えで御座るな。余裕を持って受けるか、一方的に殺しつくすかでないと全滅するもので御座る」


「そうなんだ……」


 ジョック君、もしかしてゲーム全般あんまりやらない感じかな? 初々しいね。


 それはともかく、ここら辺の作業はもはや体に染みついたものだ。当然のように実機で要求されるテクニックを肉体で再現し、予定通り顔面にフルヒットさせて吹き飛ばす。HPを0にする攻撃が放たれるとそのまま愚神の姿が花畑から弾かれて落下する。


「これで戦闘第2フェーズ終了です。次が最終フェーズにして2代目カス戦最大の難関になります」


 花畑から落下した事で愚神はもうおしまい! に、見えるが……少しだけ待っていれば花畑の浮かぶ大地が震え、そして亀裂が走り始めるのが見える。また同時に快晴だった空が日食によって陽の光が食われる。


 花畑が砕け、再び落下する。下へと視線を向ければ足場の代わりに飛んでくるものが見える。それは巨大なドラゴンの姿だ。


『人間よ、約束通り助けに……助け……に? いや、約束とはなんだ、何故我はこんな所にいるのだ……どこだここは……』


「はい、本来であれば古龍の協力を得て挑む愚神戦ですが、諸々のフラグをスキップしているので訳も分からず援軍に来たドラゴンが登場しました」


「毎度毎度酷い展開が始まるよなぁ」


 砕けた花畑から今度はドラゴンの背に着地する。広く、そして戦闘するには申し分のない大きさの背中だ。


『むぅ……なぜここに来たかは解らぬが、何をすべきかだけは良く解る。人間よ、心せよ。真の邪悪が来るぞ! 戦う準備をせよ!』


「このドラゴンさん聖人か? 訳も解らないのに協力してくれるじゃん。お疲れ様っす」


 空が畏怖によって震える中で、巨大なドラゴンすら囲むようにとぐろを巻く巨大蛇の姿が現れる。浮遊島すらを巻き込む様に巨大な蛇の胴体で巻き込み、その頭にあるべき場所には女の胴体が生えている。両腕は翼に変じており、髪の先は蛇になっている。


『人間……神を本気にさせた事を誇りに思いなさい。そしてそのまま苦しんで死ぬが良い』


 援軍に来たドラゴンよりも巨大で、そして圧倒的な邪悪な姿を見せつける蛇神。あのリヴァイアサンよりも巨大な姿はゲーム内で最も巨大なエネミーとして認識されている。こいつがこの世界で軽く暴れまわるだけで大陸が1つ滅亡する。そういう最終決戦規模の敵だ。


 とはいえ、データが存在する。


 数字が設定されているという事は、殺せるという事である。


「はい、2代目カス戦の第3形態目です。見た目は派手ですしギミックもクソ面倒ですが、既に数万回殺しているので特に難しい相手ではありません。元のチャートとは多少変わりましたが、作業的に処理しましょう。まだラスボスが残ってます」


 弓を掲げる。


「弓君もガバらない為にも油断するなと言ってます」


『シテ……コロ……シテ……』


「殺して言ってるが?」


 気のせいですねえ!

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