編成重複融合
「はあ、はあ、はあ……」
「見た事がないぐらい消耗してる……というか一か所に留まる時間、最高記録更新してない?」
RTAでは基本棒立ちしないのでェ……。
いや、そうじゃない。姫様の横に立って嬉しそうな女騎士から近づいた距離だけ離れる。あれは本当に危険な存在だ。発生しない筈のバグが発生するという事はどこかでシステムのエラーが起きているという事だ。
そして予期せぬエラーは何らかの不具合を起こす事が多い。例えば昔のゲームで、覚えている技を変える事でレベルを100にするというバグがあった。だが確実にそうなる訳ではなく、偶にレベルやHPがオーバーフローしゲームがぶっ壊れる事もあった。
女騎士がいるのはその前兆でしかない。或いはすでにどこかが壊れているのかもしれない。その事実が凄まじく恐ろしいのだ。やはり再走案件……再走案件なのでは? 最初からバグを排除した状態で走るしかないのかもしれない。
「スタート地点から全てを再スタート、ノイズになりそうなクラスメイト達と女騎士を事前にミンチにしてからチャートを走ればなんとかなるか……!?」
「さらっとクラス虐殺する前提で話を進めるのは止めねぇか? いや、蘇らせる前提かもしれないがよ」
本RTAには存在しないリアル要素……その乱数をどこまで許容するかという話でもある。これまではリアル故の乱数要素は基本的にプラス方向に働いていた。一部移動距離がリアル化して長くなったみたいな弊害はあったが、ファストトラベルなどで対処してきた。
ついでに死ぬことにも大分慣れた。これで老後の予習もばっちりだ。
RTAを、RTAを続行しなければならない。動揺する心を押さえつけながらもう大丈夫? と幼馴染の視線にうん……と頷いて応えながらアリクイのポーズで女騎士を威嚇する。女騎士は女騎士で此方を首を傾げて見ている。
「姫様、あの狂人勇者様のご様子が」
「今に立ち直るから大丈夫よ。ね、勇者様」
俺は期待に応えるRTA走者! 姫様にそう言われたら立ち直る他ない。西脇も俺の復活を察してか海面から垂直発射し、そのままホバーしながら桟橋の上まで戻ってくる。客観的にみると浮遊系のグリッチで気持ち悪い動きするな……こいつ……。
「ふぅ……予想外のフラグ暴発ですがここは伝統と信頼のオリチャー発動です。チャートにはなかった出来事ですが、逆にプラスに考えましょう。女騎士アーディは姫様イベントで彼女と共に終盤で仲間になるキャラクターです」
無論、姫様イベントを無視してサブイベ回りまくって裏ボス殴ってるとレベルが容易く99にまで上がるので、終盤で50台60台の姫様や女騎士が仲間になった所で即戦力にはならないだろう。
だが普通にプレイしてる場合には非常に強力なユニットとして味方になってくれる。姫様は魔法も物理もイケる両刀オールラウンダーで、女騎士は近接型物理ビルドになっている。
「《剣術》と《弓術》の最上級を習得している為、遠近両方ともに隙の無い動きを見せてくれる上に火力も高く、姫様と組ませて戦う事で隠しパッシブ効果によるAIと性能の向上があります。その為、多くのプレイヤーはコンビでこの2人を運用した経験があるのではないでしょうか?」
剣弓が最上級、槍盾が上級と近接ビルドに欲しい要素を的確に押さえている。いささか魔法攻撃に弱い部分もあるが、それは装備で補っている他、姫様と組ませて戦わせれば相互パッシブで補える。その為隙の無いキャラクターとして使える強いキャラクターだ。
ただ、やはり陛下のようなぶっ壊れキャラではない。単純な性能の話をするなら女騎士よりも強いキャラは何人かいる。それでもお手軽に仲間に出来て、スタメン起用率の高い姫様とシナジーが組めるという点で女騎士の採用率は高い。
「それではよろしく頼む、狂人勇者様。ここに来るまで貴殿の噂と名声は聞いてきた。まさか奇行に走っていた貴殿がこれほどまで成し遂げるとはな……人は見た目と言動と行いと思想には縛られないのだな、と思わされたよ」
「すんません、ソレ人として評価できる部分ありました? いや、でも全面的に正しい評価だな……」
は? RTA走ってるだけだが……。
「これでPTの6人目の枠が埋まりました。PTが6人揃うとフルメンバーになり、追加でコマンドが生えてきます。所謂PTコマンドです。戦闘中にできる連携行動が増える為、これまで以上に戦闘が有利になります。逆に言うとコマンド表示に時間が取られるのでRTA的に6人PTはロスです」
だからこれから枠を減らします、と口に出さなくても女騎士以外の全員が“あぁ、今から5人になるんだな……”という顔をした。
「女騎士がどこのバグ経由で加入フラグが暴発したのかは不明ですが、このままキャラを存在させると何かまた暴発するかもしれないのでキャラを消費する事でこれ以降の女騎士フラグを回避します。《弓術》の最上級は対2代目カスとラスボス相手に大活躍できるスキルなので貰う事にします」
「……うん? いや、待て、お前もしかして!!」
そのまさかである。
「ペット枠ではなくPT枠を消費したキャラクターなので武器化グリッチは活用出来ないのと、対象がPTから外せない主人公が対象なので重複編成バグを利用して統合します。まずは編成画面を開きます」
編成画面を開く。開いた。
「開いたまま高負荷領域に突入すると全操作がゆっくりになります。この間に編成画面で主人公と対象のユニットの位置を入れ替えます。これを数度素早く繰り返すと段々とキャラ画像が乱れて位置情報が重複し始めるので、対象キャラを編成から外して入れ直します」
「か、体が引き寄せ―――」
「あ」
これで編成情報がバグって同一の位置に編成している扱いになる。姫様の横に居た女騎士の姿がこっちに飛んでくるとそのままぶつかるが、衝撃らしきものは一切ない。位置情報が乱れた状態で1回編成画面を閉じ、それから再び編成画面を開いて落とした武器を消して高負荷状態を解除する。
「これでキャラデータが編成によって重複されました。結果、武器融合グリッチと同じキャラデータの融合が発生します。あちらはペット向け、此方は非ペット向けの融合グリッチですね。これで女騎士が取得しているスキルや専用装備が取得出来ました」
脳内をこれまでの女騎士の経験や記憶、知識が侵食してくるが、RTAの方が大事なので全部RTAで飲み込んだ。拳を握って掲げる。
「お疲れ様です、暴発フラグで召喚された女騎士を処理しつつデータを吸収して強化に当てました。これでボス戦でのタイム短縮を狙えます。それではもうここに用はないのでカスの里へと向かえる船に乗ります」
よっこらしょっとジャンプして姫様の肩の上に着地すると、待てや! という叫び声が聞こえてきた。
「ちょっと、ちょっとタイム。時枝、お前自分の体に違和感を覚えない? 覚えないの??」
全力で頭の上にはてなマークを浮かべるジョック君を見て首を傾げ、肩車しているマイニューボディを確認する。当然装備は女騎士のものに変わっている。
「装備が上位装備に変化した影響でステータスが大幅に強化されています。それでもボスと融合している姫様の方がステータス的に優秀なのでぶるんぶるんする役割は未だに姫様がキープする事になります」
「そうじゃない、そうじゃないだろ……なあ、西脇!」
「いや、拙者は実機で割とこのグリッチで遊んでた側なので……」
「リアルとゲームは違うだろう!?」
頭を抱えてジョック君が桟橋をがしがしと踏みつける。発狂したように頭を掻きむしると、此方を指差してくる。
「お前の体!!」
「……? はい」
「はい、じゃねえ! 性別や姿まで変わってるのに言う事は他にないのか!?」
もう一度見下ろす。姫様が見上げてくる。一緒に首を傾げると長い銀髪が顔の前にかかる。ちょっと邪魔だなあ、と思いつつ横に流してから後ろで束ねようとするとささっと幼馴染が邪魔にならないように髪の毛を編んでくれた。サンキュ。
視線をジョック君に戻す。
「RTAを……続行するッッ!!」
「もうそれで良いよ……」
船を指差すと姫様が走って船の方へと向かう。素早く桟橋の奥にいる船員に話しかける。
「お、これは海竜殺しじゃねぇか……これは南方行きの船だが乗るのか?」
「乗ります」
「よっしゃ、乗ってくれ。アンタなら光栄だよ」
ぶおっぶおー、乗り込むと汽笛の音が響き早速船が動き出す。演出がある程度進んだ所でムービースキップボタンを連打して航行中の映像を全部飛ばして一瞬で現地に到着する。船から飛び降りて目の前に広がっているのは緑一色の世界。
森! 森! 森!
「エルヘヴンはこの迷いの森の奥に存在します。迷いの森とかいうクソマップの奥に隠れている連中は森の奥から外の人間を見下して生活しているカス種族です。まずは迷いの森を突破する事から始まりますが、突破ルートはランダムに設定されていますが、簡単に突破する小技があるのでそれでさっさと抜けます」
「お、気を付けろよ。この先は迷い」
途中で話しかけてくるNPCをガン無視して森へと突入し、姫様に剣を構えさせてからの―――炎の波!
正面範囲を炎が焼きながら進んで行く。それを摺り足で連打しながら素早く前へと向かって移動し続ける。
「迷いの森はループの発生するマップですが、樹木で構成されているマップの都合上、燃やせます。つまり燃やしながら進むとマップギミックガン無視で進められます。しかも名声が何故か下がりませんよ。やったね!」
「なにからツッコめば良いのかなぁ、これ……」
迷いの森を燃やしながらギミック破壊してダッシュ!
そう! 古来より! エルフの森とは燃やす為に存在するのだ!
レッツ放火!
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