再走案件

「これで海底遺構での目的は達成したので地上に戻ります」


「どうや―――」


 ジョック君の頭をビンタで消し飛ばす。頭が消し飛べば連鎖するように体も消し飛ぶ。


「当然、デス〇ーラです」


 西脇をビンタしてミンチにする。振り返って女性陣を見ると凄い表情で互いに心臓を貫き合っていた。見なかった事にして再び西脇とジョック君のミンチの方へと視線を戻し、頷いた。


「上! 上! 下! 下! 左! 右! 左! 右! B! A!」


 叫びながら言葉通りの入力モーションを行い、全てを完了すると体から光が放たれながら体が爆発四散する。隠しコマンド入力による自爆だ。作者というか開発の遊び心というかなんというか……今どきこのコマンド知ってる子がいるのか? って言いたくなるアレ。


 ともあれ、全滅判定が出て全員がミンチ肉になると最後のチェックポイントまで戻される。


 場所は海底から地上、それも東国の出島まで戻ってくる。海の上や海底遺構はチェックポイント扱いされない……というより、チェックポイントを全部回避して海底まで到達したので東国にワープできるように進めてきたのだ。当然、チャート通りの進め方だ。


 こうやって復活するとPTリーダーだけが瀕死状態で復活するので、起きた直後に闘技場の景品の蘇生アイテムを使って姫様を蘇生し、そこからリザレクションで他の味方を蘇生させる。


 ぶっちゃけた話、西脇は知っているだろうがPTメンバーの役割は玉藻攻略完了時点で既に終了している。その為これ以降の戦闘は全部狐姫と主人公のみで良いし、イベント的にもこの2人だけで全部処理できる。


 とはいえ俺にも失った良心がある。このままミンチ肉でクラスメイトや幼馴染を連れまわす事にはちょっとした後ろめたさがある。なのでそこでちょっとタイムが伸びるが、ちゃんと蘇生しておく。


 人の心アピールである。


 全員蘇生が完了した所でマイカーの肩に乗る。もうこの肩にも乗り慣れて来たぜ。最近は尻尾のシートまで用意されるようになって増々マイカーの快適さが上がってきている。このもふもふに埋もれて眠れたら気持ち良さそうだなぁ。その前にRTAだが。


「東国に戻って来たので次はエルフのカス共に会いに行きます。とはいえ大陸の方が位置的に近いので一旦大陸に戻ります」


 だだーん、とダッシュで出島の港まで行くと、何時の間にか復活している大陸との定期便前まで行く。甲板にはミンチではなくなった船長の姿が見れる。アレ、リザレクション貰ったのかそれとも新しくPoPしてきたのかな……なんて考えながら船員に話しかける。


「お、アンタはもしかして……大陸に行きたいのか? 海竜殺しを乗せれるってならタダでも構わないぜ!」


「リヴァイアサン討伐後は無料で定期便に乗せて貰えます。討伐する様な頃には既に船を入手して自動で移動できるでしょうが、ファストトラベル機能で一瞬で大陸の港まで移動できるので此方を利用する方が早いです」


「よっしゃ、乗ってくれ! 歓迎するぜ!」


「余談ですが、リヴァイアサン討伐時期であれば当然飛行手段なども入手している時期なので船自体使う事がほぼありません。今回はRTAで態々飛空艇やドラゴンを入手するのが手間になるので利用しています。当然飛行マウントを使用する方がロード時間や演出含めて早いです」


「へぇ、バグじゃない空の飛び方があったんだな」


 ジョック君、根本的にこのゲームバグでしか遊べないとか思い始めてない? このゲームバググリッチなしだとMODも大量に作成されているから滅茶苦茶しゃぶれるよ? R18化MODもあるし、シナリオ追加MODもあるし、無限に遊び込めるぞ。


 とはいえ残念ながら今回はRTA、それらの要素にタッチする事は皆無。さっさと船に乗り込むと演出と共に船が動き出し、東国を去る。


 それから僅かに視界が暗転し、元に戻ると帝国の港が見えてくる。ゆっくりと港へと船が近づくと入港し、演出が終了して自由に動けるようになる。動けるようになった途端、船から飛び降りて駆け出す。


「ここからはエルフのカス共が住まう大密林へと向かう為にもう1度船に乗ります。リヴァイアサン討伐で此方も費用は無料になってるので金銭を気にせずにファストトラベルを利用させて貰います。エルフの里であるエルヘヴンはこの大陸でも海路でしか近寄れない場所にあり、そこまで行く為にはまずそこまで乗せて貰えるように名声を稼ぐ必要があります」


 船に乗る為の名声が1段階。


 そこからエルヘヴンに入場する為の名声判定がもう1回。


 それから最後に天測所に入る為の判定でラスト1回。


 エルフとかいうカス種族とエンカウントする為に必要な判定が合計で3回だ。面倒かもしれないが、それだけの条件を乗り越えてエルヘヴンに入るだけの価値がある。例えば新しいヒロインだったり、古代から続く謎を解くカギがあったりで世界的にも重要なスポットだ。


「それでは船に―――」


「―――見つけたぞ勇者! そして姫様!」


 ザザ、と船へと続く桟橋を踏もうとすればその前に立ちはだかる女の姿があった。長い銀髪の髪を首元で括った、装飾の施された布製の上位防具に身を包んだ姿……それは王国で置いて行った女騎士の姿だった。


「あら、アーディじゃありませんか。どうしてこのような所に」


「どうしてこのような所に……ではありません! 私は姫様の従者であり、護衛です! 姫様の居られる所に供をするのは当然の事です。それにしても姫様、イメチェンなされましたか? なんか見覚えのない尻尾やら耳が生えていますが……いえ、こうやって見てみると昔からそうだった気もしますが……思い出してみると確かに生えている気がしてきましたね……」


「もうこの世界終わりだろ。救ったところでバグしか残らないだろう」


 ジョック君のツッコミが響く中で、俺はそんな場合ではなかった。姫様の肩の上で大量の汗を流しながら姫様の肩から滑り落ちる。


「う、うわぁぁあ……ぁぁぁあ!?」


「よしよし」


 思わず女騎士から後ずさりながら幼馴染に抱き着くと頭を撫でられた。西脇も恐怖の表情を浮かべながら迷わず桟橋から飛び降りて女騎士から距離を取るように逃げ出した。俺達の異様すぎる恐怖の表情にジョック君が振り返った。


「……いや、何をしてんだよお前ら。王城で世話になったアーディさんだぞ。世話になったのは主に攻撃力だけど」


 前に使ったバグをちゃんと覚えてるの? 偉いね! いや、そうじゃねぇよ。


「さあ、姫様。これからは私も力になります。共に魔王と戦いま―――」


「うおおおお、こっちに近寄るなああああ―――!!」


 叫びながら幼馴染の背に隠れて叫ぶ。はあ、はあ、と息を整えながら女騎士を見る。そんな俺の姿を見て、ジョック君が首を傾げた。


「いや、どうしたんだよマジで……なんかのバグか?」


「吉田氏! これは良くないで御座るよ! 再現性のないバグの暴発現象で御座るッッ!!!」


「……?」


 海面から頭だけを出した西脇が叫び、ジョック君が首を傾げる。俺はまた幼馴染を盾によしよしされながら数歩下がる。なんて恐ろしい女なんだ……女騎士……恐ろしすぎる。


「良いか、ジョッ君」


「あだ名を略されたわ」


「俺が走っているチャートは安定チャートと言って、秒や分単位で行動を管理しているが、それとは別に乱数がなるべく噛まないように管理しているチャートなんだ。つまり俺が走るチャートは予想外のハプニングの類が発生し辛い様に調整してあるんだ」


 その為に数千数万という試走を繰り返し安全性を確かめて来たのだ。そして乱数が絡むときは振れ幅も小さくなるように選択している。大きくタイムは短縮できないが、ガバった時も大きくロスせず、リカバリーも出来る。そういうチャートを今回は駆使している。


「俺のチャート構築は姫様酷使無双チャート……最初に姫テイミングで姫様をフラグ無視して加入させたら、姫様をマウント代わりにして移動、戦闘面は姫様で乗り切りつつ終盤は玉藻と融合させた姫様の掌握で抑え込んで最初から最後まで無駄なく姫様を活用し続けるチャートなんだ」


「何度聞いてもカスの所業だよな」


「だがその仕様上、女騎士の加入フラグは絶対に満たされないように出来てるんだよ!!」


「ユージ、言葉遣い乱れてるよ」


「うん……うん……」


「あやされてるぅ……」


 ありがとう、やはり持つべきは幼馴染だな。やはり我、勝ち組では? 少なくとも幼馴染が可愛い時点でジョック君に対して人生でマウントが取れる。そう考えると一気に心に余裕が出来て満たされてきた。ありがとうジョック君、比較対象が直ぐ近くにいてくれて助かるよ。


「通常このチャートでここで女騎士が合流する事はありません。フラグが立ってないので仲間になる筈がないのです。恐らくどこかで何らかのバグが暴発した結果こんな事になっているのでしょうが、再現性がなさ過ぎてどうしてなのかが解りません……怖いよぉ」


「怖いで御座るよぉ……」


「見た事がないレベルでRTAに適応した生物が怯えてる……」


 ジョック君には解らないだろう。再現性のないバグが暴発したという事は、目に見えない所でフラグが立っているという事だ。それはつまり、また別のフラグが立っていてもおかしくはないという事でもある。


 グリッチはバグや仕様を悪用した技だ。その影響でゲームに対する何らかの悪影響が起きる場合があるのは、仕方のない話だ。だが俺達はグリッチがそういう悪影響を残すかもしれないという可能性を飲み込んでグリッチを使ってきたのだ。


 この女騎士はある意味、当然の結末なのかもしれない。


「どうして、どうしてこのフラグがここで暴発してしまったんだ……!」


 涙を流しながら叫ぶ。


「西脇殿!」


「氏! 待つでござる! 冷静になるので御座る!」


 海の方から声がする。解っている、冷静になるべきなのだ。だがそれでも思ってしまう。


「これは、再走案件かもしれない……!」



 ―――その頃の王城。



「ネイサンの奴……なんか増殖してないか? 虚無握ってから何か挙動がおかしいよなアイツ」


「おかしくなる要素しかないからな。ここに残った勇者様方もなんか最初の勇者様を真似して増殖したり飛んだり壁抜けしたりしてるし」


「世界に悪影響が無ければいいよなー」


「なー。俺も家宝増殖して貰おうかなぁ」


「言った傍からぁ」

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