無念増殖

「ただいまマイボディ、そして海底遺構に到着です」


「うぉぉ……死ぬのになんか慣れてきたのが嫌だな……」


「このRTAにおける追加のPTメンバーは追加の戦力というよりは主に序盤と中盤の肉壁が目的で御座るよ。一番大事なのは姫様を守る事で御座るからなあ。我々の出番はほぼ終了なので後はボス戦でのサブ火力ぐらいが出番で御座ろうか」


「ユージ顔こっち」


 幼馴染にハンカチで顔を拭かれながら蘇生ボディの調子を確かめ、それから視線を海底遺構に向ける。そこには近代的で見慣れた景色が広がっている。だが日本のビルと違うのはどれも半壊、朽ちているという点だろう。


 ドームの外を見れば巨大な魚影が闇の中を泳ぎ、そして通り過ぎて行く。その姿がここらを巣にしているが、決してドームそのものには近づこうとはしないのが解る。


「海底遺構は簡単に言ってしまえば古代人の都市です。つまりファンタジー世界に持ち込まれたSF要素です。よいしょ。かつては我々のように召喚された者達がカス1号から逃れる為に作ったのがこの海底遺構……古代人最後の楽園です」


「良くもまあ、こんなもんを海底に作ったよな……」


 オン・ザ・姫Fox! 尻尾を1本モフモフしながら街並みを爆走する。ここには強力な装備やアイテムの類が大量に置いてあるが、今はそれを取得するつもりはないので全部スルーし、都市の一角へと向かって移動する。


「先代の神は割と節操なく異世界から人を召喚しては実験の材料にしたり参考にしてたらしいで御座るよ。その一部が逃げ出し、そして干渉されない楽園を求めて作ったのがこの海底の都市……という話で御座る。まあ、神も凄い力があるだけで別に全能という訳で御座らぬからな。海底にまで監視の目は届かなかったで御座る」


「それでも滅んだんだ」


「まあ、緩やかに。そしてここでは元の世界に帰る為の研究がおこなわれていたで御座る。古代の超文明はファンタジー系だとお約束で御座るな。拙者は割と好き」


「解らなくもない」


 ジョック君と西脇が和んでいる間に街並みを抜けてビルの一つに到達する。入口は崩壊しているが、その横の壁が崩れていて通れる。崩れた壁からビル内部に入り込むと壁に“次元研究所”と書かれたプレートが張ってあるのが見える。


「目的地に到着です。このまま地下のラボへと向かいます。海底の更に下をここから目指します」


「次元研究所……本当に帰る手段を研究してたんだな」


「トゥルーENDには絶対に必要なもので御座るよ」


「帰る家があるもんね」


 幼馴染の言う通り、俺達には帰るべき家と処刑すべきウォッシュレットがいる。その為にも絶対に地球に帰らなくてはならない。その為にここまでやって来たのだ。研究所のロビーを抜け、エレベーター前まで行くと乗り込み、最下層行きのボタンを押す。


「エレベーター、動くんだ」


「潮力発電なのかもしれないで御座るなぁ。海流を使えば無限に電力を作れそうな気もするで御座る」


「公式からは特に設定の補足はないですが、私個人は地熱を活かした発電だと思ってます。この更に下に行くと溶岩地帯ありそうなので」


「あー、そう言えば深海に潜るゲームでそんな感じのエリアがあったで御座るなあ」


 そういうのを考えるのもまたゲームの楽しみ方の一つかもしれない。とはいえ、今回はさっさと地球に帰る為にRTAを走ってるので、そういう考察は地球に帰ってからにする。


 しばらく動き続けたエレベーターがやがて止まり、扉が開くと地下研究所エリアに到着する。上のフロアよりも広く作られた研究所は迷路になっており、複数のIDやパスワードを駆使しないと一番奥まで行けない設計になっている。


「面倒なギミックが多いので、最短ルートを壁抜けを駆使して移動して抜けます。ですがその間に絶対にリヴァイアサンの巣を通る必要があるので、途中で戦闘になります」


「この中に巣があるのか?」


「リヴァイアサンはここで生まれ育てられて野生化した生物で御座るよ」


「迷惑ッッ!!」


 まあ、ここまで大きくなるとは思ってなかったんじゃないかなぁ……とは思いつつ入口のエリアから高負荷領域を作って横に壁抜けする。第1エリアから壁を抜けて第3エリアに到着し、階段を降りて第4エリアへと向かう。


 そこから今度は吹き抜けを飛び降りて第5エリアへと姫様を乗り捨てて着地ダメージを無視しながら着地し、実験生物エリアへと向かう。


「この扉はパスワードで開きますが、パスワードは固定なので1度取得してれば周回プレイでは以降探してくる必要はありません」


 扉を抜けるとシリンダーが並ぶ部屋にやってくる。良くあるマッドな実験室を思い浮かべられるが、シリンダーの中身は大半が朽ちている。ここでシリンダーを調べると中から改造生物が出てくるのでタイムロスになるので無視する。


 脳内のマップに従って実験動物エリアを抜ければシャッターによって閉ざされている扉の前にやってくる。


「この先がリヴァイアサンの巣で、更に奥に目的の場所があります。リヴァイアサンは事実上の警備犬みたいなポジションですね。このシャッターは鍵を二つ用意する事で開く事が出来ますが、今回は壁抜けでここを抜けます」


「ここまであんまり壁抜けを利用しなかったけど、急に使う様になったな」


「ここは事実上の裏ダンで御座るからな。先に進むのにダンジョンや都市部分を回ってカードキーを集め、パスワードのヒントを集め、徘徊している高レベルモンスターを倒しながら進んでくる場所で御座るよ。今回は数時間の作業を数十分に圧縮する事で回避しているで御座る」


 高負荷領域を作ってー。


 武器を使ってー。


 壁を抜ける。


 ずるり、と壁を抜けるとその向こう側の空間にやってくる。完全に暗闇に閉ざされた部屋だったが、踏み出すと電灯がついて視界に情報が増える。そうやって見えてくるのは巨大なプールのある部屋だ。


 巨大と言ってもそれは小さな村であればまるごと一つ入ってしまいそうな程の巨大なプールであり、それが外、深海に通じてある事は部屋の主が出現する事で理解できる。


 プールに濃い影が見える。やがて水面が盛り上がると水が爆発するようにその下から巨大な海竜の存在が出現する。あまりにも巨大すぎてそれこそ実験室では収まりきらない程の巨体―――裏ボス、海竜リヴァイアサンの登場だ。


「リヴァイアサン、深海モードでの登場です! 深海モードの時は大海モードとは性能がガラッと違っており、同じ名前でも攻撃性能が大幅に変更されてます! その為海上で戦った時と同じ感覚で戦うと、そのまま全滅します! というか攻撃を耐える手段を用意してないので何を喰らっても死にます」


「儚い命だなぁ」


 リザレクション可能な命に人権なんてあるものかよぉ!! という訳でリヴァイアサン戦を開始する。プールから首を出し吠えてくるリヴァイアサンに対して姫様がカクカク摺り足ステップを踏んで手を伸ばす。


「掌握」


「はい、ゲームセットです」


「えぇ……」


 掌握が突き刺さった瞬間リヴァイアサンの瞳から光が消えて攻撃行動が停止する。その間に弓を構え、姫様から飛び降りながらスラキャンで攻撃回数を10回ほど保存する。

「ここは扉を抜けてのエリア切り替えが多いので事前に攻撃回数が保存できないのが唯一の難点ですね……姫様に掌握させてリヴァイアサンの動きを封じたので、とっとと攻撃重複+《ダブルダウン》+摺り足でお手軽100ヒットコンボを2~3回程叩き込んでHPをストッパーまで削ります」


 リヴァイアサン1回目のストッパー到達。吠えて仰け反るが、即座に摺り足掌握で行動を封じる。


「ストッパーの度に掌握が解除されますが、これはシステム上仕方のない事なので即座に再掌握します。後はHPオーバーキル級の重複攻撃を叩き込んでHPが0になるまでループします。これでリヴァイアサンの解体完了です、お疲れさまでした」


 吠えて掌握してふっ飛ばす。吠えて掌握してふっ飛ばす。本来であれば凶悪な裏ボスだが、此方はバググリッチ解禁のRTAムーヴで殺しに来ているのだ。殺す以上は絶対に勝てる手段とルートしかとらない。リヴァイアサンがこうやって沈むのは当然の事でしかない。


「海の上ではあんなに苦労したのになあ……」


「準備整えてグリッチ解禁すればこんなもんです。討伐した事で名声及び経験値ゲットです。海底遺構発見の名声でも十分名声は稼げてるので、現時点でエルカス共が文句の言えるレベルは超えています」


 レベルがアップする。玉藻とリヴァイアサンの討伐でレベルがとうとう80を超える。SPが駄々あまりしているが、スキルを習得する為のとっかかりがないので腐ってしかいない。このチャートでは結局最後までバグと武器の性能でHPをふっ飛ばすチャートなのでスキルは不要なのだが。


 最初から最後まで《弓術》の初級で乗り切るのだ! 無論、上級や最上級に乗り換えれればそれだけ戦闘のスピードを縮める事は可能だ。だがそれを態々取りに行く事の方が時間のロスになる。のでこれ以上強くなる事はない。


 それでも100ヒットコンボを2~3回程叩き込まないとHPストッパーに到達できない事を考えるとキャラとしての弱さを感じる。姫様は戦闘中常に掌握を連打していないとならないので根本的に火力カウントできないのも痛い。


 まあ、女騎士が仲間に出来てれば話は違うのだが。女騎士を融合させてスキルを吸収出来ればそれで火力問題は解決できる。ただ姫様テイミングルートだと女騎士の加入フラグが立たないのでそれが出来ない。うーん、チャート構築の難しさだ。


「リヴァイアサンが死亡した事で邪魔するものがなくなったので奥に行きます」


 死亡する時に暴れるリヴァイアサンが奥の壁を破壊するのでそれを抜けて更に奥へと向かう。一層厳重に見えてくるセキュリティは大半が死んでいて、ドローンやロボットの残骸らしきものが多く転がっている。


 そしてその一番奥、台座のような装置の上に一つの結晶が置かれている。


「古代人が取り合い、滅亡するきっかけとなった次元を超える力を持ったアイテム、ディメンションクリスタルゲットです!」


 台座の上から目的のアイテムを手に取ってポーズを取る。


「古代人たちはかつて、自分たちの世界に帰る為の手段をついに生み出しました。ですがそれが作りだせたのは1個だけ。このたった1個を目的に古代人たちは殺し合い、そして滅亡しました」


 俺の解説にジョック君が腕を組んで俯き、天上を見上げ、それから首を傾げる。


「……アレ、地球に帰れるの1人だけ?」


「神を倒してその力を注ぐ事で転移の範囲を広げて後数名を対象にできるようになるで御座るよ。まあ、それでもクラス全体には不足するので御座るが」


 西脇とジョック君の視線が俺に向けられるので、頷く。


「ここでオリチャー発動」


 じゃららららららと手の中で増やし続けていたディメンションクリスタルが掌から零れる。


「実ゲームだとエンディングに一切影響ありませんが、念のために少し時間を取って無限増殖で数百個ぐらい増やしておきます。念のために」


「古代人も無限増殖グリッチが使えれば滅びなかったんだろうなぁ……」


 一般人類にグリッチ使えはちょっと酷だと思う。それはそれとしてこれで海底遺構はクリアである。

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