System on Speed

 船が自動で海を進み目的地へと到着する頃。


「ヴぉえぇぇぇ……」


 俺達は船酔いするジョック君の面倒を見てた。完全にグロッキーのご様子のジョック君に吐くもんを全部吐かせてから船室でごろりとさせていた。船で目的地へと到着する為にスピードを出していたのがダメだったらしい。ジョック君が完全にダウンしてしまった。


「可哀そうに……」


「可哀そうにって思うなら目の前でスラキャンするなよ……船のスピードも落ちてないし」


「タイムは、命より重い」


「だよなぁ……畜生……」


 船室でダウンしているジョック君は苦しそうだがとりあえず死ぬわけではないので、このままでいいだろう。船室を出て甲板に上がると、船のスピードが徐々に落ちてやがて停止する。ついでに船室で休んでいた筈のジョック君もワープしてやってくる。


「そうだよな、こうなるよな。そういう仕様だもんな」


 甲板の床に転がるジョック君を無視して話をする。


「それでは海底遺構の真上に到着したので、突入前に軽く説明します」


 ほわんほわんほわーん、と脳内でイメージを浮かべると有能幼馴染がスマホの画面に俺のイメージ通りの絵を用意してくれた。神か?


「ううん、幼馴染だよ」


 そっかぁ。


「この船は海底遺構の直上にありますが、真っすぐ沈んで向かう事は出来ません。海底にある洞窟を一つ抜けて、その先から更に沈む必要があります。洞窟内部でも酸素は補給できない為、海に飛び込んでから溺死するまでに到達する必要があります」


 幼馴染のスマホにデフォルメ俺が海を進み、洞窟を抜ける絵を表示する。もしかしてこれってば自作? 凄ぇじゃん。何でピンポイントでこの状況に刺さる小道具用意しているかは絶対に疑問に思わないが。思わないが。


「ですが酸素は切れると窒息し始める、3秒に1度窒息ダメージが発生してHPが1割ずつ切れます。合計30秒で10割ダメージからの死亡判定が出て船の上ではなく、東国の港まで戻されます。大きなタイムロスなのでこれは回避したいですね」


 というか再走案件である。


「当然、息継ぎする余裕なんてありません。そして水中で魔法詠唱は出来ません。なので酸欠状態に陥った場合、そのまま死の運命を迎える事になります。なのでその前に到着しなくてはなりません」


 おいっちに、さんっし、と軽く準備運動する。姫様の体を掴んで軽くストレッチさせる。海に突っ込むの? 当然姫様メインだよ。ボス化してるからボス耐性持ちで酸欠耐性が割と強めなのだ。プレイヤーが海を召喚した場合の対抗策作るぐらいなら最初からバグ減らそうぜ開発。


「また深く行けば行くほど極限環境耐性と呼ばれるパッシブが要求されます。潜水服などで軽減できますが、基本的にはHPへの継続的なダメージが発生してしまいますので、あっさりと昇天する事になります。基本的に酸欠に陥った時点で死亡確定と考えて問題ありません」


 運動、完了。開きっぱなしのシステムウィンドウを見せる。


「サウンド設定。画面設定。キーコンフィグ。UI設定。全部で4つのシステムウィンドウに速度を保存しました。これはSystem on Speed、通称SoSという名前のグリッチです。システムウィンドウにそれぞれ速度が保存されており、これを閉じる事で保存されている速度を解放します」


 当然、速度上限まで保存されているのでこのウィンドウを一つ閉じる度にバグったようなシステム上限速度がノータイムで発生する。


「つまりこれは4段ロケットです。4回のフルスピード加速を使って深海にある海底遺構へと突入します」


 本来であれば潜水艦の調達か、或いはサルベージャー達の力を借りないとならないイベントだが、それを無視して突入するのだからこれぐらいの無茶は必要になる。


「主軸は姫様になります。というかその為の玉藻フュージョンです。今後のボスを掌握ハメで殺すのと、ボス特有の極限環境耐性でごり押します」


 という訳でやっるぞー。


 姫様の肩に乗ってマストまで移動したらウィンドウを閉じれるように準備する。目指す先は真っすぐ下だが、洞窟に突入する事と海流を計算に入れてズラす。その上で姫様とアイコンタクトを取り、準備オッケーなのを確認する。


 じゃあGO。


 マストから姫様が海面の上に跳んだ瞬間、姫様から自分をパージし、姫様を掴んでそのままスイングするように姫様を海面へと向かってシュートする。この時に船の上から西脇が海面を狙撃、海面に飛び込みやすいように軽い切れ込みを発生させる。


 そこへと姫様が突入、海水というクッションを得て速度が死んだ瞬間にウィンドウを閉じ、パーティーのリーダー権限を姫様に移譲、視点と操作先を姫様に切り替える。


 視界が姫様のボディのものになり、速度が一瞬で最高速度に達する。姫様の肉体をコントロールした事に抵抗感はなく、完全に神経の先まで肉体を支配できている。これならいける、ゲーム時代と何も変わらず行ける。


 海中に突撃した所で速度は一切落ちない。光の差す海面から爆速で沈んで行き岩壁の合間に落ちて行く。段々と光が消えて行く中で、キラキラと光を発する海藻が辺りを照らし始める。それが唯一の光源となる頃には徐々にプレッシャーが体にかかり始める。


 ―――まだ大丈夫。


 まだHPの減る段階ではない。ほぼ感覚的に―――というより体内で何千、何万と試走した感覚から尻尾を使って近くの出っ張りを引っかけて直角に曲がる。ゲームであればコントローラーを使って先行入力する形だろうが、リアルであればこうだろう、という動きをした。


 結果、速度が落ちて洞窟に入った。だが完全な闇だ。


 ぶちっ。


 ワープで付いてきた幼馴染、西脇、ゲロ吐きジョック君、マイボディが耐えきれずに潰れた。お疲れ様人類、ようこそ魚人の世界へ。洞窟の中は一切見えず、ライトの類が必要だがマップは脳内に叩き込んである。


 例えゲームの速度上限に当たるスピードで移動していようが、1度もぶつからずに洞窟を通り抜ける事が出来るように何度も練習して繰り返してきている。完全に視界が奪われた闇の中を何度も直角に移動しながら泳ぎ抜けると、視界に僅かな煌めきが見える。


 システムウィンドウの二つ目を閉じて再度上限加速に入る。


 完全なる闇だった視界が一瞬で水中にびっしりと生えた水晶によって覆われる。上下左右に生える水晶は天然の迷路でありプレイヤーを惑わせるトラップの一つだ。この天然の迷路を抜けた次のエリアへと向かうには正しいルートを通る必要があり、その一番奥で水晶を砕く必要がある。


 無論、ルートを間違える事なんてない。水晶が煌めくおかげで光源が再び生まれた。そのおかげで先ほどの暗闇エリアよりは楽だ。途中、水棲モンスターが此方を目撃するが、反応するよりも早く駆け抜けてしまえば戦闘にはならない。


 水晶迷路のゴール近くの壁をロイヤルフォックスキックで粉砕し、速度がゼロになる。水中を蹴って軽く前に動いた瞬間に3枚目のシステムウィンドウを閉じる。酸素ゲージが残り3割になっている。かなりギリギリだと思いながら洞窟を完全に抜ける。


 一気に視界は開け、所々暗闇に光るものが見える。怪しげな光は誘うようであり、そして根源的な恐怖を与える様な揺らめきをしている。覗き込み続ければそのまま吸い込まれてしまいそうな闇の中の光……に誘惑される事無く下へと向かって限界速度で降下する。


 ここまでくると水中の負荷ががりがりとHPを削る。玉藻と融合して作った体とはいえ、こんな環境で運用する事を想定していないので1秒でHPが減って行く。それでもボス耐性で即死はせず、死に向かってHPが減って行くのを感じる。


 どこかで巨大な影がうごめき、動いている。何かを感じ取った巨影が動き出す。


 それを振り払うように最後のシステムウィンドウを消す。最後の加速力を持って一気に深海の底を目指せば、半透明なドームに覆われた高層建築が見えてくる。場違いに思える程近代的で近未来的なデザインの都市が深海の底にある。


 それこそが海底遺構だ。


 視線を僅かに持ち上げれば濃い影がゆっくりと深海の底へと向かって降りてきているのが感じられる。それから逃げるように、残りの酸素が1割切るのを確認しながらそこへと到着する。深海の大地を蹴って、速度が切れる前に海底遺構の入口へ。


 バリアのようなものが展開されている入口へ、事前にインベントリで用意していた武器を一気にぶちまけて高負荷世界へ、ノータイムでそのまま滑り込む様にバリアをすり抜けて海底遺構に正面から入り込む。


「ぷっはあ―――」


 びちゃびちゃばちゃあ、と漸く追いついてきた元PTメンバーだったミンチ肉が周囲にぶちまけられるのを確認しながら尻尾と体を振るって海水を落とす。


「リアル環境故に変化を感じましたがなんとか海底遺構に到着です」


 良し、と拳を握って。姫狐ボディでリザレクションを使用する。そろそろマイボディに操作権を戻させて貰おう。

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