RTA終盤戦の準備完了

 東国編をクリアした影響で名声がどこまでも高まっているので東国全体のファストトラベルも解禁する。狐桜城を出ると馬車の停留所があるので窓から飛び出してそこまで移動し、やってきた馬車に乗り込む。


「出島の港まで」


「お、こりゃあ東国の英雄様じゃねぇか。安全最速最強の運転で送ってやるぜぃ!」


 街道に出没する山賊エネミーをひき殺しながら馬車が発車する。もはや慣れてしまったのかジョック君はこの景色を見ても何も言わないどころか片手で顔を覆っている。それにしてもほんと尻尾もふもふだな……永遠に触っていられるわ……。


 暗転したら即座に馬車から飛び出す。再び出島に戻ってくると最初に来た時と比べ人が増えて、活気も増している。


「東国編をクリアした影響で大陸からの船や人が増えています。東国全体でも大陸系のNPCが増えていて大量のクエストやイベントが増えています。これは実装後のアプデで東国編・後で追加された要素の数々です。普通にプレイする分にはまだまだ東国は遊べる場所ですが、今は無視して船をレンタルしに行きます」


 出島の港へと行くと、少し小さめの造船ドックがある。その中に行くと数名の弟子を抱えた船大工の姿が見られる。船大工の前には小さめの船が一隻存在し、それがここでの目的になる。


「おう、船の注文かい? と言っても今は1隻、それも胸を張れるほどのもんがなくてな……鎖国してた影響で今は資金不足なんだ。投資してくれるなら船を貸し出す事も改造する事もできるんだがよ……」


「ここでは船大工の親方がこれまでの鎖国の煽りを受けて不景気で嘆いているので、投資します。最初には10万出す事で最小規模の船をレンタルできるようになります」


「お、投資してくれるのか? ありがてぇ、これで給料を払ってやれる……!」


 謎の罪悪感に乗り物が軽く胸を押さえているが、無視だ無視。ドックに浮かぶ船はまだ小さく、とてもだが大海を進むだけの大きさもパワーもない最低限の船でしかない。


「この状態だと沖に出るのは難しく、浅い場所や川でしか運用できません。船は改造する度に大きく、そして海に出る為の機能を付けていきます。この造船コンテンツは大陸と東国の2か所で行えますが、今回は此方の方が近いので此方でやります」


 ちなみに大陸の造船所を利用しなかった理由はリヴァイアサン撃退戦でNPCを囮に使う為だ。高級客室の利用者は実は船員に命を懸けて守られるサービスもあるので万が一ガバッた場合、船員に庇わせて全滅を回避できるサービスがあった。


 まあ、俺が死ぬ程度で済んで良かったと思う。リザレクションの関係上、姫様を死なす事は出来ないので。今回は安定チャートを組んでいるとはいえ、ガバや事故は起きるものだ。その対策だけはしておきたい。


「再び投資します」


「む、まだ金を出してくれるのか? そうか……なら30万ほど貰って良いか? 船をもっと大きく、強くしてある程度沖に出られるようにしてやれるぞ」


 当然30万支払うと、船大工の親方が振り返り、弟子たちを見た。


「よーし、野郎ども! 久々の仕事やってくぞ!!」


「おー!」


 視界が暗転する。


「そいや!」


「ソイヤッ!」


「ソイヤッ!」


「ソイヤソイヤソイヤソイヤ! ソイヤァ!!」


 暗転が終わって視界が戻ると小さかった船が1段階大きくなっており、パワーアップしている。


「いやいやいや、明らかにあの一瞬で出来る作業量じゃないだろ!!」


「吉田氏、暗転している間に完成させて貰わないと待つハメになるで御座るよ。そうなるとゲームとして退屈で御座るから……」


「そういう問題ぃ……?」


 これで船の1段階目アップグレードが完了。これで多少深い所にも迎えるようになる。だが目的地へと行くにはまだまだ船のパワーが足りないので、今度は60万差し出す。


「お、旦那! もしかしてまだ投資してくれるのか? なら今度も気合を入れて仕事させて貰うぜ……野郎ども! 仕事に取り掛かるぞ!」


「おー!」


 金槌や木材を掲げた弟子や船大工が船へととびかかる。一瞬でボコスコと叩くような音や衝撃、船の全体がコミカルなボコスカエフェクトに覆われ、船大工たちがそこに突っ込んで行く。数秒後、そこから飛び出してくると完成された船の姿があった。


 キラーン、とまた1段階大きくなった船の姿が。ジョック君がそれに腕を組んで俯いた。


「そういうものなんだ……」


「そういうもので御座るよ吉田氏」


「これで沖に出ても安心だな! 客室に厨房、トイレもある! そこそこ長い航海にも耐えられる性能だ。これがあれば大体安心だな」


 無言で100万取り出す。これが最後のアップグレードになる。


「そうか……ここまでやってくれるのか……なら俺も、船大工として本気を見せなきゃならねぇみたいだな……」


「親方!」


「親方ァ!」


「今こそ俺達の力を親方に!!」


 弟子たちが一斉に手を親方に向けると船大工パワーが弟子たちから放たれ、全てが親方に集まる。オーラを纏いながら髪の毛を逆立たせる親方が船へと向き直り、ニヒルに笑った。


「見てろよ旦那……これが俺の、船大工100倍拳だ……!」


 光となって船大工は船に突撃した。凄まじい光と共に視界が塗りつぶされる。全てが白く染まった世界の中で船大工が光に溶けて消えて行く。そして光が収まり造船所の姿が戻ってくる。そこにはもう、親方の姿はなかった。


 だがその代わりに最終アップグレードを施された巨大な船の姿だけが残されている。


「お、親方……!」


「立派な姿でしたぜ、親方……」


「俺達も、親方みたいな立派な船大工になってみせますから……あの世で見ていてください……親方……」


 涙を流しながらこの世を去った親方の姿に涙をする残された者達。俺達の視線はジョック君に集まり、腕を組みながら天井を見上げてジョック君が溜息をつく。


「これ、ツッコミしなきゃダメ?」


「オチが付いた所で船に乗り込みます。最終段階まで船をアップグレードする事で遠海にまで向かえるようになります」


 ぴょん、と姫様にジャンプさせて船に乗り込む。ワープで他の皆も船に乗り込むと舵輪の前まで移動し、姫様から降りて舵輪を掴む。それと共に帆が下り、船が物理法則を無視して動き出す。無論、船員なんてものは存在しない。プレイヤーが操船するのにはそんなものは必要がない。


 物理法則を無視して船が動き出す―――!


「はい、という事で海に出ます。リヴァイアサン撃退戦を既に達成しているので海上でのランダムエンカウントはもうしません。なので目的地までは安全に航行できます。問題があるとすれば移動を加速させる手段がないのでイライラタイムになるという事でしょう」


 マップを開いて自動移動で目的となる海上にピン止めを幾つか行う。これでピン止めに合わせてこの船は自動で移動してくれるので、手を放しても大丈夫だろう。


「ではこれより海底遺構が存在する場所まで船で移動します。船は加速手段がないので目的地まで大体20分ほどの移動時間があります。次の場所へと向けた事前準備のために待っている間はずっと速度保存を行います」


「舵輪から手を放してるのに勝手に動いてる……」


「オート移動は近代ゲームだと普通の機能で御座るよ、吉田氏。ゲームのオープンワールド化が進むにつれてやはり移動の手間はどうしても増えるで御座るよ。そういう意味では乗り物、オート移動、ファストトラベルは近代RPGでは必須要素で御座る。【エタルカ】はバグの多ささえ目を瞑ればそこら辺をちゃんと抑えてくれてるで御座るよ」


 スラキャンして速度が最大の瞬間にシステムウィンドウを開く。閉じながらスラキャンして速度を保存。これを繰り返してシステムウィンドウに現在に速度を保存、累積して行く。こうやって速度をゲーム上限まで保存して行くのがこの20分間の目的だ。


「ここがゲームの世界だって言われても、生きて普通に喋ってる人間がいると、違和感しかないよなあ」


 速度保存、速度保存、速度保存。深海へと突入する必要がある為、速度は上限まで保存する必要がある。


「いや、一番違和感あるのは世界を認知した瞬間バグり出したこいつだけど。王城で虚無を受け取った兵士とか今頃どうなってんだよ……」


 視線を向けられたのでカメラ目線でサムズアップしながら速度を保存する。速度はだいぶ溜まってきているが、まだ上限には届いていない。


「そろそろ終盤が見えてきた頃ですので、この後どうするかを軽く説明します。メディンギラで稼げた影響で裏ボスを1体倒す手間が省けたので、この後は海底遺構でリヴァイアサン討伐から地球へと戻る為の手段を確保し、その後エルヘヴン経由で黒幕を討伐し、そこからラスボスである魔王の覚醒体を討伐してクリアします」


 俺の言葉にジョック君が頷く。


「そういや何度か黒幕って存在の話をしてるけど……どういう事なんだ?」


「吉田氏、この世界には神がいるので御座る。概念的ではなく実在する生物として。この地上にいる人類も、生物も、そして魔族や魔界という世界も神によって生み出されたので御座るよ」


「おぉ、ファンタジーだなぁ、そりゃ」


 ファンタジー系世界ではそこそこありがちな設定でもあるだろう。だが問題はこの神というのがロクでもないという事なのだが。


「この世界は神によって創造されましたが、順番は魔界が先で、魔界は実験場みたいなものでした。そこでの失敗や反省を行い“適度に強く弱く面白い物語を生み出す人類と世界”を生み出した。神はポップコーン片手に世界を眺めるのが趣味のカスなんですね」


「衝撃の事実が出てきたな」


 ジョック君の視線が姫様に向くが、姫様は口元を上品に尻尾で隠しながら笑う。尻尾、良く使いこなしてますね。


「ジョック様、信仰心は勇者様と出会えた時に死にましたよ。私が信じるのは勇者様だけですから」


「そっかぁ」


 まあ、教会や宗教関連の話もあるのだが全部時間のかかるイベントばかりなのでスルーだ、スルー。RTAをやる上では立ち寄る必要のないコンテンツだ。


「重要なのはこの1代目カス神が既に死亡し、2代目によって食われているという事です。元は天使だった2代目カスは主を喰らう事でその力を自分の物とし、2代目カスに就任しました。こっちは先代カスが作ったものはいらない! って主張しているタイプでして」


 まあ、なんというか。


「世界リセットするにしても自分の手を煩わせたくないし、ゴミ掃除は魔界vs人界で勝手にやらせんか? とか言い出したタイプのカスでして。魔王は現在2代目カス神に洗脳された状態で人類に敵対しています」


「これはカスの所業」


「何度聞いてもうーん、この、で御座るな……」


「しかもこのカス神が生存している限り魔王討伐ENDを迎えても無事には地球に戻れず、異世界永住ENDになります。その為2代目カスを討伐し、自力で地球に帰る為の手段を確保する為に古代人が1代目カスに対抗する為に用意した次元を超える為のアイテムを確保する必要があります」


 帰還の為のアイテムを確保するのが第1の目標。その為に海底遺構へ回収しに行く。


 2代目カスを討伐するのが第2の目標。その為にエルヘヴン天測所へと向かって空中庭園を見つけなくてはならない。


「最後に2代目カスを討伐すると魔王の洗脳が解けます。ですが魔界は資源が乏しい実験場……というよりは1代目カスのゴミ箱です。魔族の未来の為にも人界への侵略は生存戦略として必要なので、2代目カスを討伐すると魔王が覚醒モードに入ってゲーム中最強のボス化します」


 ラスボスの覚醒体がゲーム中最強のエネミーになるの、単純に設定と流れとしてとても美しくて好き。


「これがこれから果たさなくてはならない3つの事です。これを達成する事で帰還トゥルーENDに到達できます」


 これまでは全部このラスト3つに対する準備だったと言える。特に狐化姫様の用意は残りのボスを全部抹殺する為に用意したものだ。エンディングは見えてきている。


 後は一つずつ、タスクをこなすのみ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る