摺り足乱舞

「はい、という訳でマゾッパリの第1ウェーブが見えてきました。アゼンタ台地にいるマゾッパリは基本的に性能は高いですが、別に飛びぬけて特徴がある訳ではありません。大量に倒す前提の雑魚ステージで変なギミックを持たせてもめんどいですからしょうがないですね」


 遠くに見える魔族に曲射で矢を当てればまず1体蒸発する。その経験値で自分と姫様以外の3人がレベルアップする。俺はレベルが闘技場で上がり、姫様は元から高い。だが残りの3人は商業連合の悪党スレイヤーから一切経験値を貰えていないのだ。


 そろそろ真の邪悪討伐の事を考えてちょっとレベルを上げておきたい頃だ。


「見えてきたので折角仮加入キャラのクリちゃん陛下がいるので操作をクリちゃん陛下に移して性能紹介をしようかと思います」


「お、私の出番かな」


 大剣二刀流の圧倒的ストロングスタイルの陛下を操作する。どうして操作できるのか? PTに入った仲間は基本的に操作切り替えで操作できるのだから当然の事ではないのだろうか? そもそもここまで何度も姫様コントロールしてた時もあったし。


 という訳で陛下を操作する。


「武器は大剣二刀流でステータスも隙がなく、スキルも優秀なものを最上級クラスで習得している人類最強戦力の一角です。ここにいる雑魚もスキル込みの範囲攻撃でワンパン出来るだけの火力を保有しているので、臨時加入したらガンガン使って経験値を稼ぐプレイは通常でもやりますね」


 突進スキルで一気に接近し、相手をミンチ! 突進スキルのクールタイムに範囲攻撃で次の集団をミンチ! 遠距離攻撃で牽制……と思わせてそのまま魔族をミンチ! 高レベル! 高ステータス! 最高クラスの専用装備! これが人類の希望だ! と言わんばかりの輝ける姿だ。


「もうこの時点で完成されたステータスとビルドをしています。ぶっちゃけこれ以上弄る所がないレベルの完成度です。装備がまだ少しだけ更新の余地があるので、正規ルートで仲間になった場合は最強装備でも持たせてください。ラスボスとタイマンできます」


 無論、バグやグリッチ抜きでの話だ。装備を軽く整えるだけでそのままラスボスとタイマンできる男がこの皇帝陛下なのだ。ちなみに黒幕を倒した後に解禁される覚醒モードの魔王は無理だ。覚醒魔王は強化ラスボスで、裏ボスクラスの存在になるので流石に無理になる。


「雑に戦うだけで強い皇帝陛下ですが、グリッチを使えばもっと強くなります」


「絶対やると思ったよ」


 本日ご紹介するグリッチはこれ! 摺り足乱舞! 【エタルカ】屈指の謎仕様である!


 このゲームは通常攻撃のほかにはホットバーにセットしたスキルによる攻撃が行えるのだが、その全ての行動をスライディングでキャンセルできる事実はあまりにも有名すぎる。だがバグ挙動を引き出せるのは何もスライディングだけではないのだ。


「スキルを発動します」


「うむ」


 陛下が広範囲を光の斬撃で薙ぎ払うスキルを発動させる。


「スキルモーション中に摺り足を挟み込みます」


「うむ」


 攻撃を行いながらスキルを発動すると、動きが滅茶苦茶カクカクし始める。だがモーションは中断してないのでそのまま続行される。


「摺り足の影響を受けてスキルがクールタイムを無視して連打されます」


「成程」


「いや、どうして……?」


 さあ……?


 だが摺り足乱舞はクールタイムを無視してスキルを連打可能にするというグリッチなのだ。摺り足している間は常にクールタイムを無視できる。だから30秒に1回とか60秒に1回しか発動できない超高火力スキルや必殺技タイプのスキルが使用条件さえ満たせているのであれば乱舞できるようになる。


 これが摺り足乱舞だ。重複攻撃判定と比べれば100ヒットみたいな恐ろしさは存在しないが、単純に陛下みたいなステータスが完成されたキャラクターが使うと、一気に戦闘が壊れる。という訳でキャラの操作を姫に戻すと、陛下が迫ってくる敵を前に摺り足で動き出す。


「成程、こうか」


 そう言って広範囲に光の剣を空から落しまくりながら摺り足でカクカク皇帝陛下が動き出した。


 クリちゃん陛下 は 摺り足乱舞 を 覚えた!


「すっげぇ」


「この世の地獄かよ」


「いやあ、何度見ても世紀末で御座るなぁ……」


 カクカク動きながら一番範囲の広い攻撃スキルを乱舞し続ける陛下。これまではクールタイムに気を使ってスキルをサイクルで回す必要があったのが解消されたため、本格的に動きから隙と呼べる概念が消え去った気持ちの良い破壊神っぷりを披露してくれている。


 しかもパーティ組んで暴れているので経験値名声はこっちに転がり込んでくる。うめぇ。


「あ、あいつを止め―――」


 少し大きめのトロールのような魔族が陛下を止めようと突っ込んだが、クールタイムの存在しない最上級スキルをリピート乱舞されて一瞬で蒸発した。これが真の三国無双って奴か、ゲームで見るのと迫力が違うなぁ。やっぱ野生の英雄は格が違うわ。


「殲滅効率を上げる為にもこっちも適度に大きめのエネミーを狙いましょう。陛下の無双状態が続いているとはいえ、取りこぼしは発生するしその方が稼ぎは良いです。あと漸くスキルポイントがたまってくると思うので、《覚醒》スキルを取れてない人は取りましょう」


「はーい」


「食いしばり、食いしばり、食いしばり……!」


「吉田氏、必死で御座るな」


 まあ、ヘッショ1回喰らってるしね? 流石に2回も死にたくはないんだろう。残念ながら君の死は既にチャートの予定に組み込まれているのでこの後死亡予定があるのだが。


 ともあれ、ハイパーぺちぺちタイムに移行する。レベリング、ボスを倒しての名声稼ぎを同時にここで行う。吉田の操作も奪って判定重複をセットすれば全員無法なヒット数の弓で近づく事無く安全圏で攻撃できる。


 リーチがあるという事はそれだけ早く相手を処理できるという事だ。トループやグループで出現する敵は陛下のウルトラ摺り足無双モードに任せ、此方は単体で現れる敵を処理する。敵のレベルが50を越え、60に近いとしても100ヒットの攻撃に武器の性能を加味すれば殺しきる事はそう難しくはない。


 殺しきれない場合は2本目の矢を使えば良いし、何なら姫様の攻撃は普通に通じる。パシらせて処理させれば問題はない。故に今はフィーバータイムだ。半分陛下の無双ゲー状態だがそれを利用し稼げるだけ稼ごうとすれば、


 当然のように戦場に変化が現れる。


 急に視界を狭める様な強調線ともやもやが現れ、そしてゆっくりとそれが消えて行く。それが出現するまでは半自動的に敵を狩り殺していた動きを停止し、声を出す。


「来ました! 速いですね! 流石摺り足乱舞陛下です! 予想よりも早いスピードでノルマ達成です! 今のはネームドボスが出現した時の予告演出です! これでアゼンタ台地の特定の場所にネームドボスが出没しました!」


 ネームドボスは全部で20体程存在する。その中での大当たり枠は5体ほどだ。三銃士と呼ばれるこのエリアに出現する最も強いボスが3体、そして副産物が美味しいと呼ばれているボスが2体だ。この5体のどれかが出て来てくれれば上ブレだと判断できる。


「ほう、大物のプレッシャーを感じ取ったか」


 陛下キック! 魔族が5人ぐらい塵になった。大剣を担いだ陛下が台地の上の方へと視線を向ける。


「あそこだな」


「あそこだと……大体出現するネームドは4種類ぐらいにまで絞り込めますね。あそこだと大当たり枠が1人だけですが、期待は出来ますよ。出現したらしいので早速行きましょう」


 姫様に乗って―――速度を保存して―――オン・ザ・段差! ここら辺は戦場だという事もあって地形が割と凸凹しているので、自分を射出する為の段差には困らない。ささっと段差を使って自分を射出し、空を飛んで台地の上部へと向かって一気に飛翔する。


 無論、陛下も初フライトを経験している。


「あ、あの陛下、その、いきなり空を飛んでワープしてたりしますけど、大丈夫っすか……?」


「うむ、中々得難い経験だな。勇者殿は中々不思議な御仁だな」


 キラン、とスマイルを浮かべてジョック君の言葉に返す陛下は流石陛下って感じだ。ジョック君は気遣いが出来る偉い人だねぇ。


「ユージ、給水だよ」


「ありがと」


「……」


 飛んでいる最中に幼馴染に給水タイムをしてもらいつつ台地の頂上に到着。ジョック君が凄いものを見る目で見てくるが無視する。そして確認する台地の上、反対側には待ち構える魔族の姿が見える。


 それは女の姿をしており、片手にボウガンを、もう片手に鞭を手にしている。その横に立つのは巨大な銀狼と、青く燃える火の鳥。


「来たな、皇帝! これ以上貴様をこの戦場で暴れさせるわけには行かない……私が相手をしてやろう!」


 魔族の女の声に呼応するように横に立つ銀狼と火の鳥が吠える。ほほう、と楽しそうな笑みを浮かべる皇帝を横に、俺はぎゅっと拳を握った。


「来た! 来ました! 大当たり枠が出ました! まさかここで上ブレを引けるなんて思ってもみませんでした! 獣魔使いのメディンギラです! ボーナス確定です!」


 拳をぐっと握って今回のRTAの成功を確信する。ここでメディンギラを引けるなら後のボス討伐時間が大幅に短縮できる。後は海の上でクソ乱数を引かない事を祈るだけだ。そうすればもう乱数に祈る部分はほぼない。


 ガッツポーズをキメながら勝利の予感に高揚しているとメディンギラが鞭をぱぁん、と弾かせた。


「人をボーナス扱いとは不愉快な事を言ってくれるね……フェンリル、フェネクス! 皇帝とあの周りにいる妙な連中をやるよ……油断するなよ」


 主の言葉に吠えて従魔が応える。ただ従っているのではなく、明確に意思を持って自ら従っている信頼関係がそこには見える。そんな連中を指差し、宣言する。


「それでは皆さん、これからNTRテイミングであの2匹を貰います」


 俺の言葉にジョック君がスマホを弄り出す。


「密林にまだ人の心入荷してないなぁ……」

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