ハヴォックの怒り

 その瞬間、ジョック―――吉田の脳裏を様々な言葉が駆け巡った。


 ……普通の歩き方忘れちゃったのか? いや、これはちょっと嫌味すぎるな……藤野さんの前であんまりこういう言い方するのは良くないな、うん。小石でそんな事になるぅ? ちょっとこれはウケ狙いすぎかもしれないな。もうちょっと自然にツッコめるワードを選別したい―――。


 状況に適応するように、レベルアップと共に吉田のツッコミ力もレベルアップしていた。吉田は藤野ありさの事が好きだ。アイツ、可愛いし性格いいし好きにならない理由なくね? なんて事も考えてるしクラス人気だってある。そんな可愛いあの子が何時も気にかけてる奴がいた。


 それがちょっと面白くなかった……面白くなかったけど、こんな面白くなれとは誰も言ってない。面白い通り越してもはやホラーに出て来てホラー殺す側の存在になっている。今は真・ホラー枠の洗脳幻覚姫とキャラの食い合いをしている。誰もこんな展開求めてないと吉田は1秒未満の時間で脳内で叫んでいた。


 吉田は流石に目の前の狂人を見て、まあこいつは確かに介護されてないとダメだな……なんて事も考えてたりする。それぐらいには吉田は善人であった。悪落ちフラグも存在するにはするが、最初のイベントが王国発で王国にはもう二度と戻る事がない以上、フラグは消滅したも同然だった。


 だから吉田は足首をグキっとしたRTA狂人を見て思った。もうちょっとマイルドで解りやすいツッコミをするべきだろうと。


「おいおい、今更人間アピールか?」


 PT距離を解消する為のワープで出現した吉田は崩れ落ちるRTAの化身を支えようと手を伸ばし、そしてその体を受け止めようとした。直ぐ目の前には帝国の関所があり、これを超えればもう帝国領内だ。こんな所で怪我をされても困る。怪我をする前に受け止めようとして、


「あ、ガバった」


 それが遺言になった。


 抱きとめる瞬間にRTA狂人の体がはじけた。物理的に。四散した。血とか肉塊とか吹き飛びながら飛び散って死亡した。何なら飛び散った肉片はべちゃりと近くの関所を守る兵士の顔面に衝突し、兵士まで呆然としている。


 肉体が弾けまくって死亡した時枝ユージの姿を前に、全てが沈黙した。やがて数秒経過してから西脇がクイっと肉片のかかった眼鏡をクイっと押し上げた。


「あ、そっか。速度が消える前に無敵が切れたから体が速度に耐えきれず破裂したので御座るな……」


「いやいやいやいやいや、冷静に分析してる場合じゃねぇだろおお―――!?」


 吉田は激怒した。準RTA人間の西脇に激怒した。人の命を何だと思っている。一応クラスメイトの命はモヒカンとは違うのだ、モヒカンとは。当たり前のようにクラスメイトが肉片になってばら撒かれるシーンを見て取り乱さない人間ではなかった。


「お、お、おおお、落ち着け、落ち着け俺ェ! とりあえず最速クリアが出来なくなっただけだ、もう駄目だおしまいだどうするんだよここから!!」


「まあ、まあ、落ち着くで御座るよ吉田氏。兵士氏も滅茶苦茶心配してるで御座るよ」


 吉田と西脇が関所の方に見ると、顔についた肉片を拭って此方と手元を何度も見て体を震わせてる兵士がいる。


「だ、大丈夫かい? 何が、そう、こう……ごめんね、おじさんちょっと言葉が見つからないや……」


「滅茶苦茶困ってるじゃねぇか! おい! 時枝! どうするんだよ! お前が頼りだったのによ!! 時枝!!」


 元RTA職人時枝の肉塊を持ち上げて吉田が揺するも、当然死んでいるので反応はない。怒りに任せて肉片を地面に叩きつけようとした所で吉田が漸く気づく。異様に残りの2人が静かだ、と。恐る恐る吉田が2人の少女へと視線を向ければ、微動だにしない2人の姿があった。


「ふ、藤野さんにエリシア様……大丈夫っすか?」


 返事がない事に首を傾げ、吉田が少女二人に近づく。確認する幻覚姫の胸は僅かに動いているが、動きは停止している。どうやら気絶しているらしい。目の前で狂人とはいえ脳内で勝手に結婚して子供まで作って家庭に入った相手がミンチになったのだからある意味当然かもしれない。


「藤野さん? ……藤野さん……?」


 返事がない。西脇が近づき、口の前に手を当て、それから振り返って頷く。


「し、死んでる……!」


「なんでぇ……?」


 藤野ありさ、死す時は幼馴染死す時と定めていた女、無事にこの世を発つ。ワンガバ、ツーキル。RTAにおけるガバは人を容易く殺し全てを崩壊させる。再走案件は何時だってRTAに襲い掛かる不可避の死神だ。身構えてたって襲い掛かってくるのだから天然パーマでさえ笑いながらお手上げの大事故だった。


「もう駄目だ……おしまいだ……俺達はどこにも行けないし帰れもしないんだ……」


 吉田が絶望に膝を屈する。これまで圧倒的なバグ力の高さで爆速で攻略を進めてきた中心的人物が死亡したのだ、当然の絶望でもあった。だが疑問が解消されたとばかりに西脇が頷くと軽くRTAだった肉片を集め、エリシアの肩をトントンと叩いた。


「殿下、殿下。タイムロスしてるので早めにリザレク宜しくお願いするで御座る」


「あ、そうでしたね。リザレクション」


 ぺかー。天からの光が降り注ぎ肉塊が人の姿に戻った。ついでに一緒に天に向かってた幼馴染氏も自力で戻って来た。再び自分の腹に矢をぶっ刺してHP調整を開始しつつ、蘇生された狂人が頷く。


「RTA再開ッッ!」


「……次は矢を抜いておけよ?」






 という訳で珍しいガバを起こして無事死亡。姫様酷使無双チャートで良かった。序盤から蘇生手段を備えたチャートってこれだけなので姫様抜きだったらマジでそのまま死亡ENDだったかもしれない。ウケる。


「ウケない」


 はい。


 幼馴染に思考を読まれるのはまあ、良くあることなのでこの際そんなに気にしない。蘇生されると関所の兵士に涙を流しながら良かったなあ、とか言われながら通されたのはちょっと納得がいかないがまあ、通れたので良し!


 タイムロス的には死亡して錯乱したらしいからそこそこ……まあ、致命的な範囲ではない。それよりも重要なのはついに帝国領へと入り込んだ事だ。


 帝国はこの世界で最も栄えている国家だと言えるだろう。良くあるファンタジーものらしく帝国は科学技術が発達した国家であり、古代技術から学んでなんたらかんたら……とかいう設定がある。細かい所はどうでもいいのでこの際省く。


 重要なのは文化的に、そしてコンテンツ的に帝国は一番栄えているという点なのだ。その為、必要な名声も帝国で大体3割から4割ぐらい集める事が出来る。残りは東国のラスボス、裏ダンのボスを2~3体程始末して達成する。特に東国クリア報酬がめちゃうまなのでそれが最大目標だ。


 その為にもまずは海だ、海に出る必要がある。その事前準備を帝国でする形になる。


 という訳で再びIn the sky……。既に1ガバマークしているのでもう同じガバは二度としない、絶対だ。着地もちゃんと安定取って姫様を地面に叩き落として速度を殺してから着地する事にする。姫様へのダメージが増えるがこの程度であれば問題はない。


「おー、帝国ってやっぱ街道も広いんだな」


 空を飛びながらも下を見る余裕の出来てきたジョック君が道を眺めながら感想を口にする。それに姫様が肯定するように頷いた。


「金が集まるのは当然商業連合なのですが、やっぱり栄えるという意味では帝国が一番栄えています。クリストフ皇帝陛下は今も最前線に自ら出陣し剣を振るう傑物でありながら政治、商業にも通じる万能の才人と呼ばれるお方です。人類が今も魔軍を相手に最前線で戦い続けられるのはクリストフ陛下の尽力あってのものですね」


 姫様、皇帝陛下をべた褒め。まあ、解らなくもない。クリちゃんは大剣二刀流で最前線をピクニック感覚でお散歩タイムを楽しんで出現するネームドを発見次第殺して回る殺意の塊なのでそりゃあもう強い。


 そのレベルも驚きの78。人類最強クラスのロイヤルバーサーカー2号機である。万能型の姫様に対してこっちは超物理特化型破壊兵器でやっほー! 感覚でそのまま相手をミンチにするという凄い皇帝だ。


 こっちはイベント専用キャラで、特定のサブイベントやメイン進行中でのみ仲間として行動してくれる。例によって仲間データがあるのでテイミングバグでPTに引きずり込む事も可能なのだが、皇帝が最前線から抜けると比喩でもなんでもなく戦線が崩壊してゲームが終わるので止めよう。


 止めよう!!(3敗)


 色々あって試してみたけどどう足掻いても戦線崩壊するので陛下の引き抜きマジで止めよう! このゲーム、AI的に決められたシナリオを辿っているのではなく裏で戦力計算行っている臭いので、陛下抜けると戦力低下で不利判定を貰うのだ。


「クリちゃん陛下はマジで強いですが、当然弱点があって家族には弱いというナイスダディの一面があります。まあ、ここが魔軍に狙われて第二皇子が裏切ってクリちゃん陛下を暗殺してしまう訳ですが。ちなみに成功すると戦線崩壊して前線が商業連合まで食い込みます」


「地獄だぁ」


「ちなみにで御座るが、最前線ではプレイヤーが暴れる事は大いに想定されているので、プレイヤーで大幅にネームドを削ると戦力計算の有利判定がついて、人類が押せ押せ状態になり好景気になったり土地奪還で探索マップが増えたりするで御座るよ」


 このゲームの中心的要素だからねぇ、魔軍との戦争。それ以外のコンテンツが馬鹿多すぎてメインを放置して他の所回ってしまうのが問題なのだが。今回は一切寄らない共和国とか、魔軍でさえ手を出さない北国とか、裏ボス関連で行くけど探索はしない大荒野とか。


「この世界はRTA範囲外も本当に広いので時間があるのならぜひ自分の手で遊んでください。ワイは滅茶苦茶このゲームお勧めしてるのでェ……」


「空飛びながら雑談するのに慣れてきた俺も相当だが、空飛びながら今経験してる世界のゲーム宣伝するお前も大概だよな。誰向けに宣伝してんだよ……」


 西脇を指差せば、西脇がスマホをジョック君に見せる。


 何故か電波が届くので現在、配信中。どういう事なの、と頭を抱えるジョック君を無視して先の方へと視線を向ければ、帝都城と闘技場、そしてその城下町が見えてくる。


「見えてきましたねぇ、帝都! こっからは商業連合に居た頃とは違って滅茶苦茶忙しくなります」


 帝国では暗殺阻止、闘技場制覇、それから前線ピクニックの三本立てでお送りしまーす!

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