ウルトラリンチ

 帝都と言えば鋼の街! 煙! 蒸気! 汚染! 陰鬱! みたいなイメージがあるかもしれない。それに反して帝都の道は広く、町並みは綺麗に、そして清潔に保たれている。


 最も栄えている都市だけあって人通りは凄まじく多く、そして常に賑わっている。その中でも特に兵士などの軍人の姿や商売人の姿が多く、忙しく帝都を出入りしている姿が見られる。ここに来るまで街道でも多くの馬車などを見かけたりしたが、その全てが帝都に集中している。


 今、帝都は魔軍に対する最前線を維持しているのだから当然と言えば当然だろう。この世界で最も栄え、そして最も活動的な国家だと言える。高いモラル、高い武力、そして圧倒的な人資源。全てが揃った帝国という国家は大陸最強の国家だ。


 しかもトップが善人。大体ダークサイドの生き物扱いされている中で圧倒的なNeutral-Light属性の皇帝陛下は今日も最前線でピクニックを楽しんでいる。本当にNか貴様? どっちかというとソレC側の行動だよね……。


 と、まあ、何はともあれ、帝都だ。帝都に到着だ。RTA的には帝国はかなり動く場所でもある。時間で言うとそう長くいるものではないが。そもそもRTAがそんな長くない。


「へぇ、帝都ってかなり栄えてるな。王国ぐらいを想定してたけど王国よりも大きいな」


「王都とは比べ物にならないぐらい栄えていますよ、帝国は。悲しいですが王国は歴史だけの田舎の国ですから。お蔭で作物や家畜の輸出で食料関係は大きく抑えているのですが、それ以外の観光資源に乏しいと言いましょうか」


「ユージが世界を救えば世界で一番有名な国になると思うよ」


 違いないな、と4人で頷いているが、俺は名前が残る前に既に消えると思うから名前が残らないに1票。


「はい、帝都に到着したのでまずは秘密の店へと向かいつつ街に紛れた魔族のアサシンを処理します。待ちに待った装備更新のお時間です」


「普通に買い物もするのか!? ずっと拾ったり合成したりするのかと思ったわ……」


 意外と真っ当だったジョック君のツッコミ。いや、まあ、気持ちは解らなくもない。基本的にボスドロップや裏ダンで拾える装備の方が店売りよりは強い。だが帝都には隠しショップみたいな場所が存在し、ここでは店売り最強の装備が揃えられる。


 ここまでノンストップで続けている形見リサイクルのおかげでお金も事実上無限に用意できる。防御力は別に気にしないので、この際武器だけはなるべく火力の高いものに更新しておきたい。というのも、この先は敵対するエネミーのレベルが一気に跳ね上がるのだ。


 最前線は雑魚で30代前後、ネームドはどれも40よりも高い。


 海でエンカウントする裏ボスのリヴァイアサンは海底遺構に突っ込む関係上、絶対に倒さなくてはならない裏ボスの1体だ。本来であればレベル90から99ぐらいを想定している裏ボスなのだから、武器はなるべく火力の高いものに切り替えたい。


 多重攻撃判定グリッチで1ヒット100回攻撃を繰り出しても、現状の火力だと1回1ダメしか発生せず絶対に勝てないのだ。偽司祭に勝てたのは単純に偽司祭の防御力がカスofカスなのと女騎士の筋力値がハイパーゴリラ級だったからだ。女騎士、実装全キャラで筋力値2位ってマ? なお1位はクリちゃん陛下。出しゃばり過ぎですよ陛下。


「帝都では空を飛ぶと警告が入って逆にロスになるので普通に地上を移動します。まずは街並みに紛れている魔族アサシンを店に向かうルートの上で始末します」


「街に紛れてるって……街中で暗殺して良いのかよ?」


 姫騎乗からの姫ダッシュで走り出すとワープでシュインシュインしながらジョック君が質問してくる。地味にワープで言葉が途切れない様に区切りを意識して喋ってくれている辺りが物凄く意識が高い。


「実際に見れば解りますが欠片も問題ありません。と、言っている間に早速見つけました。彼ですね」


 少しだけ上等な服装を着た貴族の使用人風の男が街を歩いている。買い物か何かの用事だろうかと思える程度には隙が無く堂々とした立ち振る舞いだ。彼が魔族だと言われても見た目の上では完全にただの帝国人にしか見えないだろう。


「ガバの影響で到着タイムがやや前後していますが、行動パターン的に彼は常にこの時間にこの場所を通るので、そこさえ押さえておけば絶対にエンカウントできます。そして彼にエンカウントしたら―――」


「―――ぐあぁぁ!?」


 迷わず近づき、そのままロイヤル突進。暴走姫列車に衝突した姿が宙に飛び、回転しながら落ちてきて叩きつけられる。だが相手もそこそこレベルの高い魔族だ、一度の突進程度でHPが全損する程弱くはない。


 息を荒げながら変装魔族が起き上がり、キレ気味に視線を向けてくる。


「お前、良くもやったな……!」


「はい、死亡確定です」


 一瞬で変装魔族の状態が敵対状態に変化する。それで変装を解く事はしない。相手もプロだ、当然だろう。だが街中でダメージを与えられたNPCは敵対状態に入り、視界から消えるかHPが残り2割以下になるまでは戦闘状態を継続してくる。


 そしてこの戦闘状態になる、というのが肝だ。


 キレた変装魔族が拳を構えた所で横を歩いていた女性が急にナイフを取り出し変装魔族の横腹を刺した。


「は……あ……?」


 いきなり刺された魔族は驚きの表情で横を見て、そして女性は笑顔で頷いた。


「魔族、死すべし慈悲はない」


 ぐさり。変装魔族が足元を見ればフォークを握った少年が膝を破壊するようにそれを魔族の膝に突き差していた。


「悪い魔族め、やっつけてやる!」


「は? え、いや、俺は帝国人―――」


 そう言っている間に周りを歩いている人たちが一瞬で武装する。一瞬で数十を超える武装市民に囲まれた魔族は恐怖に顔を染めながら悲鳴を上げてミンチに変えられて行く。


「敵対時に参照するデータが魔族としてのデータしか存在しないので、街中、日中で人がいる所で敵対状態になると自動的に“魔族が街中にいる”状態になるので周辺帝国所属NPC全員が戦闘状態になって襲い掛かります」


「えぇ……」


 ジョック君、ドン引きの表情。ちなみに開発のこのグリッチに対する回答は“仕様です”で終わった。これで魔族アサシン1人目は死亡。


「ちなみにこの形の討伐だと功績は戦端を開いた私に入る形になってます。ほら、ビンゴブックを確認しても私に名声が入ってる」


「え? あ、ほんとだ」


「地味にズルいで御座るよな」


 不労所得美味しいなあ! 美味しいなあ! 戦わずに成果だけ貰うの楽しいなあ! まあ、普通に戦おうとするとそれ相応に強い敵なのでこういう状況で圧殺するのが一番楽なので許せよ。


「という訳で、これから店、闘技場と周りますがその合間に残りのアサシン2人を見つけて突進して敵対マーク付けたら民衆の力でぶち殺します。ちなみにですが、ここまで過剰の殺意を見せるのは帝国だけです。魔族エネミーに対するヘイト数値が大体1000倍に設定されていて老若男女関係なく一瞬で殺しにかかるようにプログラムされてるらしいです」


 流石最前線。帝国民が陛下を筆頭として修羅の国の民とか呼ばれているのは大体ここら辺が悪い。他の国の兵士は長い間前線に派遣されているとテンションとかやる気が下がるのだが、帝国NPCはそれが一切起きずに常にモチベーションをトップにキープしているのだ。お前らの精神状態おかしいよ。


 いや、ゲーム的には最前線である帝国が唐突に心が折れて戦線放棄すると困るってのは解るけどよぉ……。


 1人始末して気分が良い所で姫の肩に乗ったまま路地裏に入る。隠れた店だけあってやはり人どおりの少ない場所にある。本来であれば闇ギルド関連の依頼を達成した後の報酬として知る事の出来る店だが、WIKIを活用すれば誰だって到着時点で利用する事が出来る。


 途中、カフェで優雅にコーヒーを飲んでいた魔族アサシンにWファイソを投げつけて敵対状態にしたら町民リンチを開催して殺しつつ、裏路地にひっそりと存在する入口を抜けて店内に入る。


 薄暗さの中に僅かな日光が入り込み照らす店内、カウンターの向こう側では店主が新聞を顔に乗せたまま眠っている。


「はい、“宵闇の鴉”に到着です。ここでは全大陸通して最も優秀な店売り装備が販売されているショップです。ここでとりあえず終盤まで使用する武器ベースを買い漁ります」


「武器ベース……あ、成程」


 合成材料に使うのか、とジョック君が納得して頷いてるのを見て西脇がうんうん唸っている。幼馴染に視線を向ければにこり、と微笑んでくれる。的確に俺の好きな角度と好きな感じの笑顔を見せつけてくれる計算されたポーズ、正直好きだよ。


「あ、でもなんか武器とか防具とか全く置いてないぞここ?」


 店内を見渡せば棚は空っぽ、店主はそれで良いのか両足をカウンターに乗せて眠っている。


「ここは合言葉を口にしないと売買できないようになってますので、チャットで合言葉を入力します。“魚団子3個、鶏団子2個、魔族の首100個”お願いします」


「どうして急に食べ物じゃなくなったの? 最後の団子だけど団子じゃないじゃん……!」


 合言葉にでさえにじみ出る帝国民の魔族に対する殺意。国境で魔軍が粘着し続けている事実を考えているとまあ、ヘイト溜まるよねと言うのは納得する。そして合言葉に反応した店主が狸寝入りを止め、新聞紙の下から声を零す。


「んだよ……客かよ。オラ、見ていきな」


 ガン、と足でカウンターを軽く叩いた。その瞬間これまで空っぽだった棚が回転し、それまで隠れていた武具の数々は一瞬で展示される。


「ウチが扱うのはどれもハイエンド品のみだ。値下げ交渉、クーポン、ツケ、借金は禁止。現金で一括払いのみだ。文句言うなら出て行けよ」


 店主が脅すのも無理はない。ここにある装備で通常プレイならラスボスと戦えるだけの装備が用意されている。終盤のショップで武器を購入しようとすれば1個4~5万ぐらいはするだろうが、ここで売られているものは全部最低で数十万ラインばかりだ。


「ここで200万ほど散財します。霊弓アストラルチェイサー、絶剣フェアウェル、冬の槍、天雷の斧をそれぞれ1個ずつ購入し、竜牙の矢を5本購入します」


「まいど。もう二度と来るなよ」


 225万ドン! 減った分は形見リサイクルでどうとでもなるし、予定通りいけば合計500万程度で出費は抑えられるので何も問題無し。


「すげぇ値段だな……」


「ですが必要な出費で御座るよ。壁抜けバグの準備用に属性武器、姫様のメインウェポン用の剣、そして氏のメインウェポンとしての弓と矢で御座るな。特に竜牙の矢は」


 店を出ながら直ぐに西脇が武器と矢の増殖に入る。有能アシスタント、何をして欲しいのか言わずとも解ってくれる。お前がもしかして俺の真のヒロインなのかもしれねぇ。とか考えた瞬間2倍の速度で幼馴染が増殖バグをし始めた。やっぱお前がナンバーワンだよ。


 これで最後の買い物が完了した。これでクリアまで買い物をする必要はない。


「では名声稼ぎのために道すがらアサシン君をリンチしつつ闘技場へと向かいます」


 いつ見ても町民リンチは心が躍るぜ……!

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