Hyper Ultra Over Jump

「更に安定チャートを取るのであればもうちょっと細かいアイテムの調達や秘密の宝箱を開けて色々と回収したい所ですが、その分タイムが伸びるので道中で回収できるものだけ回収する事にします」


「後々高負荷領域を作る為に属性武器は入手しておきたいで御座るからなあ」


 流石アシスタント西脇、お前は俺のチャートをちゃんと解ってくれてるんだな。10RTAポインツを君に与えよう。


 ともあれ、姫様に乗ったまま冒険者ギルドの外に出ると、逃げ出した冒険者たちが遠巻きに眺めているのが見える。両腕を上げて威嚇するとそのまま逃げて行く。地味に挙動が面白い連中だ……実は一番異常と危機に敏感なのは奴らなのかもしれない。


「姫様! その狂人を下ろしましょう! 帰りましょう、城に!」


「駄目ですよ、アーディ。私は勇者様を信じる事にしました。どういう狂人であれ、どういう聖人であれ、どういう意味不明の化身であれ、私はご主人様を心の底から信じてついて行く事にしました」


「エリシア様、今言語バグりませんでした?」


 女騎士が暴れる前にさっさと移動してしまおう。外に出たので指差して姫様を動かす。良い感じの段差がある所を目指すのだ。そうそう、昇るのに膝を45度以上曲げなくてはならないぐらいの段差がベストだ。冒険者ギルドのすぐ近くにあるからそれを活用する。


「それでは陸路で国境まで向かおうとすると最強の騎乗ペット姫様でも1時間はかかるので、陸路ではなく空路で向かいます。よっと」


「あっ……」


 肩から飛び降りると寂しそうな顔をされる。大丈夫、空を飛ぶのに騎乗状態のままでは行けないので一時的に降りただけだ。大ジャンプ系統の浮遊グリッチは基本的に非騎乗状態でやるのが普通だ。騎乗状態でやるとまた別のグリッチになってしまうから気を付けなくてはならない。


 場合によっては垂直に飛んでそのまま成層圏ぶち抜いて地上に戻れなくなるグリッチもあるのだ。流鏑馬状態はバグ的に注意点が多い。


「まずは武器を構えます。目の前になんでもいいから手に持てるものを下ろします。今回は形見リサイクルで量産した形見の宝石を使います。スターファイア・ルビーと呼ばれるルビーの中心で燃える星が見える貴重な宝石です。綺麗ですね」


「なあ、藤野さん。アイツ昔からあんなに人の心がないのか?」


「ううん、ちゃんと普段は人の心を持ってるよ? でも着脱式の方がやっぱりタイムが縮むんだって」


「やっぱ着脱式かぁ……」


 西脇がササっと目の前に宝石を置いたので、PTメンバーどころか町民から視線を受けながらもグリッチを遂行する。


「武器を構えたまま……拾おうとし、拾う瞬間にインベントリからアイテムを捨てます。そうすると拾うはずのアイテムが拾われる前に捨てる判定を持ったアイテムに変化します。これを捨てるのと同時に拾い上げます」


 足元にあった筈の宝石が目の前で捨てられる。普通の挙動に見えて実はこれ、内部ではステートが書き換わっている。


「これを2,3度繰り返すと負の状態がアイテムに蓄積されます。捨てた瞬間の宝石が目の前ではなく足元に出現したら第1段階成功です」


 捨てた筈の宝石が拾い上げる前の足元に登場したので、武器を構えたまま1歩横に移動し、サイドステップしながら矢を構えて拾う。


 するとなんて事でしょう。


「拾った宝石が額に突き刺さったので成功です」


「なあ、西脇。あれはダメージにならないのか?」


「グラフィックバグだからダメージにならないで御座るよ」


「ならないのか……」


 これでグリッチ成功。


「負の位置を記録したアイテムが頭部に突き刺さった状態になると成功です。こうなるとアイテムだけではなくキャラクターにも負の位置が記録されるので肉体そのものが負位置に挙動が影響されます。これを利用する事で簡単に自分を空に射出する事が出来ます」


 という訳でちょっとだけ助走つけるようにそこら辺をぐるぐると走ってから。


「この良い感じの段差を踏みまぁぁぁぁぁぁぁぁ―――す」


 段差を踏んだ瞬間、角度を付けて肉体が空へと向かって射出された。砲弾でも発射したのかと思わんばかりの速度と勢いで射出された肉体は一気に大空へと駆け上がり、城下町を越え、街道を超えて行く様に空を飛ぶ。


「姫様あああああ―――」


 遠くから女騎士の声が聞こえる。横を見れば距離が開く度にワープしてついてくるPTメンバーの姿が見える。良し、これではぐれないなら光の速度で海底に突っ込んでも圧死する前に海底遺構に到着できるだろう。


「あっ、あ、ああああ!? マジで空飛んでやがる!? マジかよ!? え、これ着陸どうするの!?」


「大丈夫で御座るよ。拙者らはワープ接近故、着地する時はワープで直接地面で追いつくで御座る」


「いや、それでも空の上は怖いだろう!? 藤野さんだって怯えて―――」


 ジョック君の視線が幼馴染へと向けられ、幼馴染は空でスカートを片手で抑えながら優雅に微笑んだ。


「うん? どうしたの、吉田君?」


「そっか、藤野さんって時枝の幼馴染だもんな……」


 悟ったような表情を浮かべるジョックの事を無視し、ワープで姫様が近くに来た瞬間を狙って姫様の腕を掴み、そのままパイルダーオン! 空中で騎乗状態に戻る。既に道中も街道を超えて森の上に到着している。そして失速しながら高度が落ち始めている。


 段々と迫る大地、着地の瞬間を狙い―――地面ギリギリで姫様を乗り捨てる。


「ぎゃ」


 短い悲鳴と共に姫様が顔面から着地し全ての落下ダメージを受け、俺は騎乗解除の無敵時間で落下ダメージを無効化した。


「騎乗物を乗り捨てる間の無敵を利用する事で落下ダメージを無視できます。そしてこのグリッチ活用による落下ダメージではどう足掻いても姫様のHPを削り切る事は出来ないので、本人が覚えている《パーフェクト・ヒール》を活用し全回復すれば無限に飛行と着地を繰り返せます」


「外道がああああ!!」


 ジョック君が叫ぶ。


「外道かああああ!?」


 首を傾げる。


「お、お前、今の行為に何か疑問を覚えないのか!? 何か、こう、少しでも良心が痛むような事がないのか!? なあ、時枝!! 俺今日ほどお前の事が怖いって思った事ないよ! やべぇ奴と同じ時代に生まれちまったと思ってるよ!!」


 首を傾げる。


「騎乗解除に無敵があるおかげで乗り降り繰り返して囲みを突破出来るの地味に便利な小技だよね」


「そうじゃないだろ……!」


「だ、大丈夫です」


 姫様が顔を抑えながら起き上がる。鼻血で顔面が真っ赤だが死亡していない。


「《パーフェクト・ヒール》……こんな風に直ぐ治る範囲ですし、勇者様がかつて味わった苦境はこんなものではありません。私も、少しでも勇者様の心労を和らげる事が出来るのであればどれだけ足蹴にされようが構いません。私は必ず力になるって約束しました……ね?」


 笑顔で俺を見る姫様に頷く。


「そんな会話してないが」


「ほら、勇者様もこう仰ってます。大丈夫ですよ」


「怖いよぉ」


「拙者も震えていますぞ吉田氏」


 にこりと笑みを浮かべた姫様が幼馴染を見て、幼馴染がにこりと笑みを姫様に返した。お、友情の確認かな? PTメンバーの仲が良いと空気が良くなりますねぇ! これからまだ5時間は付き合うメンツだから是非とも仲良くしてほしい。


 それはともあれ近くの木の洞に移動し、その中から宝箱を回収する。


「属性剣でも最も弱い一振り、ファイアソードゲットです。元々はこのダンジョンのボスに対して有利を取れるように配置されている救済装備の面が強いですが、属性武器はグラフィックが少しだけ他よりも派手で環境への負荷が重いです。これを利用するので回収しておきます」


 これを回収する為に態々森の中に落ちてきたのだから。そしてこれが回収できればもはや森の中に用はない。ここで飛ぶ事は出来ないのでさっさと森を突破する事にする。再びロイヤル騎乗する。ここで姫様に任せて走らせると細かい指示が面倒なので、俺が直接コントロールを奪って走らせる。


「という訳で森を抜ける為にギミックガン無視と雑魚放置でボスを瞬殺して脱出します。抜けたら邪魔な木々がないので再び飛んで国境まで一直線です」


「足が勝手に……いえ、この迷いのない動きは勇者様の足の動き、今の私達は一心同体……という事ですね?」


 プレイヤーがコントロールをするのは当然の事では? という訳で森を抜けます。


 序盤のダンジョンだけあってそう難しいギミックも強いモンスターもいない。あるとしたらジャンプは届かない距離の高台とか、ジャンプして移動しなくてはならない台とかその程度のギミックだ。そしてRTAで周回し慣れている俺にこの程度のアスレチックは目隠ししていても突破できる。


 それでもタイムを短縮する為に小技を適用する。


 例えばジャンプ力を少しだけ伸ばす小技とか、曲がり角を少し掠るように移動する事で慣性の方向を切り替える事で減速しなくなる小技など。


 RTAを走る上では当然、グリッチやバグ等を把握していないとならないが、この手の小技もしっかりマスターしていないとならない。


「と、森を抜けようとするのを邪魔するモンスターですね。だけど当然無視します。目の前に出て来た所でロイヤルタックルで戦闘せずとも殺せるので態々武器を抜く必要すらありません」


「そろそろお前のやってる事はロイヤル悪用って言った方が良いんじゃないか?」


 悪用じゃありません! 決して悪用じゃありません! これバグじゃありませんか? って開発に報告してももうめんどくさくなってるのか“それは仕様って事にしました”って返答しかしなくなったのでこれは悪用ではなく仕様です!


 とか考えている間にあっさりと森の奥へと到着、そこにいるのは家にも匹敵するサイズの巨大な植物型モンスター、バイオレントフラワーだ。


「はい、という訳で最初のボス戦はバイオレントフラワー! ボス戦が既に2個ぐらい吹っ飛んでますね。そもそも最初に偽司祭が死んでるから順序もクソもありませんが。こいつは触手が4本で4連続攻撃、拘束攻撃、そしてデバフ持ちと序盤の厄介なボスです」


 タンク無しのメンツで遊んでいるとここであっさりと詰む。このボスはパーティを組む時にタンクの必要性を教えてくれるボスだ。そうしないとAIに従って後衛を優先的に殺しに来る厄介な奴だ。


「中々面倒な奴なのでこっそり救済装備が森の中には隠されていたりしますが……」


 そのまま姫様の足を止める事無くバイオレントフラワーに突進。


 ロイヤル突進!


 バイオレントフラワーは爆散した!


 てれててーん! バイオレントフラワーを倒した!


「終盤レベルのロイヤルバーサーカーに勝てるわけないだろ!!! 足を止める事なく討伐してそのまま森突破です」


「酷いもんを見た」


 バイオレントフラワーの返り血、というか体液に濡れてぐちゃぐちゃになりつつそのまま森を抜けて視界が開ける。ここから国境までの道のりを塞ぐ存在はない。


 次のボスは国境の砦を守るゴブリン・ジェネラルだ。

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