UMA娘

 ―――エリシアは良く言えば能力が纏まっており、悪く言えば特に特徴のない姫だった。


 無論、王家として当然の最高の教育を受けている。女だからと習い事に手は抜かれず、エリシア自身も勤勉な事も合わせて優秀な成績を収めている。だがそれは全体として見た場合の優秀という事であり、王族として見るなら平均的なステータスだった。


 エリシアには突出したものがなかった。親は優秀で、兄姉も優秀だった。全員それぞれに才能を持ち、そして輝くものがあった。だがその中で、エリシアだけが突出した才能を持たないという状態だった。だからこそエリシアにとってそれは一種のコンプレックスだった。


 当然、それを責める様な両親ではなかった。エリシアは愛されながら育った娘だった。兄たちも、姉たちもエリシアにはまだ見ぬ才能があると理解していた。それをエリシアだけが信じ切れていなかった。彼女は密かに抱えているコンプレックスを隠し、殺し続けていた。


 だがそれは決して癒えるチャンスを与える事なくえぐられる事になる。


 魔軍の強襲が起きた。


 王国は、対魔軍の人類連合で言えば最後方に位置し、前線から遠い事もあって兵士を送るなどよりは金や食料などの物資を生産、支給する事で戦線を支える役目を担っていた。人類でも上位に位置する程の実力者の騎士もいる……だがそれは自国を防衛する為の戦力だ。前線に出す事は出来なかった。


 そう、この国はあまり戦力を抱えていない。だが前線から遠く離れているから安全だと、そう思われていた。


 だが魔軍が強襲した。大きく他の国々を迂回し、まるで転移してきたように国境沿いの砦を襲撃、同時に国王夫妻と王族を暗殺した。唯一切り札とも言える騎士に守られていたエリシアだけが無事であり、他の王族は全員この惨劇を逃れる事が出来なかった。


 即ち、最後に残された王族になったのだ。


 エリシアのみが陣頭に立つ事を許される状況。


 優秀な姉や兄、まだ支えてくれる筈の両親の全員が死亡した。自分よりも遥かに優秀な人たちが死亡し、一番できの悪い自分だけが生き残った。その事実はエリシアの心を苛んだ。だがそれでもエリシアは自分に出来る事を成す為に一つの賭けに出た。


 前線から遠く離れたこの地、魔軍の強襲部隊に対抗できるほど練度の高い軍人を前線から呼び寄せるのは難しい……ならば伝説に縋ってでも戦力を呼び寄せる必要がある。


 そして、勇者召喚が行われた。


 ―――あぁ、きっとこの人も才能に溢れてるのね。


 勇者と会って話したエリシアの胸中にはそんな諦観があった。自分とは違う世界から来て、協力してくれると言ってくれる勇気ある青年の言葉を聞いて。彼もまた自分とは違う才能を持つ人間なのだと一瞬で理解した。


 そして当然のように、苦戦しながらも勇者は国を救う。敵を倒し、成長し、そして前に進む。それがまるで当然のように。それをエリシアは別世界の人間のように思い、忌避感を感じていた。やはり自分に出来る事なんて何もないのだろう、と。


 ……だがそれから勇者とエリシアの本当の交流が始まった。


 最初は些細な事で、少し息抜きをしたくなったエリシアを勇者が散歩に誘った事だった。城内を歩くだけの軽い運動。正直な話、エリシアは少しだけ勇者の存在に気後れしていた。だが勇者の口から零れた故郷に帰りたいという言葉に、エリシアは親近感を覚えた。


 それからまた、勇者と散歩に出た。今度は中庭でピクニックも。少しずつ、少しずつエリシアは勇者と交流を重ねて行く。超人に思えた勇者も実はただの人間であったことを理解し、そして苦しみながらも前を向いて光に向かっているのだという事を知る。


 果たして、自分は全力を尽くせたのだろうか。そんな疑問がエリシアの中に生まれる。果たして自分は本当に自分の可能性を追求しきったのだろうか? あの関係がない筈なのに頑張って戦っている青年に対して自分が報いる事は出来ないのだろうか?


 疑問を覚えたエリシアは諦めていた心を少しだけ溶かし―――そして見出した。


 己には戦う為の才能があったのだと。


 優しい両親、守ってくれる騎士、危険から遠ざけてくれる家族。


 皮肉にもエリシアの才能は危険の中でしか開花しない才能だった。彼女の才能は決して安全な環境では目覚める事はなく、そしてそれが彼女がどれだけ愛されていたのかの証明でもあった。だが安寧の揺りかごで守られ続ける時は終わった。


 エリシアが剣を抜く時が来た。勇者が前線へと赴く間、エリシアの鍛錬が始まる。1人の青年と並んで立つ為に、帰ってくるたびに少しだけ弱音を吐くけどそれでも頑張ろうとする姿に。自分もまた、そうであるべきだという事に気づいて。


 少しずつ惹かれ、そして明確に恋慕を抱いた人をちゃんと元の世界に返してあげられるように。


 エリシアは、少しずつ、少しずつ成長した……。


 ―――無論、全て幻覚である!


 エリシアが城下でデートした事も、一緒にお忍びで劇場に行ってきたことも、水着イベントがあったりしたことも。


 ―――無論、全て捏造された記憶である!


 側近の恋愛経験0の糞雑魚恋愛ゴリラに恋愛相談した事も、将来の事を考えてベッドで悶々と過ごした記憶も。


 ―――無論、そんなもの存在しないのである!


 エリシアの脳内を幻覚と妄想と捏造とたぶんそんな感じの未来を過ごす筈だったんじゃね? 的な映像が確かな実感と共に満たしていた。もはやそれがエリシアにとっては事実であった。過程は関係ない、この結果がすべてだ。エリシアは結果を受け入れてしまった。


 フラグをふっ飛ばした結果のロイヤルバーサーカー、誕生の瞬間であった。






「待て待て待てぇぃ! 貴様どうしていきなり姫様の肩に乗った!? というか今背中向きに乗らなかったか!? 物理法則はどうした!?」


「騎乗するとどっち方向から乗ってもちゃんと前を向くので乗る方向は関係ありません」


「あるであろう……!」


 女騎士が半ギレしてる。俺は今両手が弓と虚無の矢を握るので忙しいからよ、なだめようとしてもなだめられない。困ったなあ、と視線を股の間にあるロイヤルヘッドへと向けると、姫様の視線が此方へと向けられた。やったぁ、視線が合ったぞぉ。


「お待ちください、アーディ。私はこれで問題ありません」


「乙女の顔でとんでもない事を受け入れるのは止めてください。問題しかありません。というかお立場、お立場を考えてください」


 女騎士が姫様を止めに来る。まあ、ロイヤル肩車を当然のように受け入れて今から旅に出ますなんて事を言い出したらそりゃあ止めるだろう。流石リアルRTA、リアルの環境はまるで実機とは違うぜ。だが姫様もこれまでの姫様とは違う。


 女騎士を見ると頷き、それから俺の足を掴むとマイ幼馴染へと視線を向け、にこりと笑った。


「勇者様、壁抜けはしますか?」


「いや、アレ準備に5秒6秒かかるからめんどくさい所を抜ける時に使うので……冒険者ギルドへゴーゴー」


「了解しました」


「所でそんなに強く足を握らなくても多分落ちないぃぃぃ―――」


 ぶおん、という音でも鳴らしそうなスピードで召喚室を姫様が飛び出す。そのまま廊下を出ると開いている窓から城の庭へ、一直線に冒険者ギルドへと向かって走りだす。その脚の速さはすさまじく早く、俺の限界スピードなんてものを余裕で超えてくる。


 それもそうだろう。


 敏捷によって移動速度には補正が入るのだ。


 数式もそんな難しいものではなく敏捷10に対して移動速度10%アップという割とささやかな数値だ。姫様の加入直後の敏捷値は67、つまり60%の移動速度上昇補正がかかっている。これは俺が自力で走るよりも当然早い数値だ。


 ちなみに弓を装備した状態で走るのは流鏑馬判定が出て騎乗物が馬扱いされる。それで何が変わるのか? という話をすると足元の悪さに対して影響を受けなくなるのだ。元々は馬で快適に走り回る為の状態だったのにこんな無法が許されてしまう。


 とか言っている間にロイヤル騎乗で脱、王城。もうクリアするまでここに戻る事はないだろう。本編であれば拠点扱いなのだが、拠点なんてものを活用する時間はRTAにない。なのでこのまま王城から城下町へ、町民の視線を一身に受けつつ冒険者ギルドの扉を抜けて到着する。


「ではここで冒険者登録します。目的はサブイベ《バウンティ・ハント》の解禁による名声稼ぎです」


「今すぐ登録させましょう」


「うわああ!? 解説口調の半死人と王族がやって来たぞ!?」


「しかも肩車してる……新手のプレイか?」


 人類最速の移動手段だぞ。崇めろ非RTA民共。


「という訳でギルドに到着しました。ここでは冒険者登録をするのですが、初回はイベントシーンが挟まってしばらくイベントに拘束されます。若造が……という典型的なアレですね。まあ、服も顔も良いからやっかみはしょうがないね」


「そうですね」


 全肯定ロイヤルバーサーカー、精神衛生に良い。


 さあ、それではイベントシーンだ……と思ったらイベントが発生しない。おかしい、ここに来たらまずめんどくさいお使いクエストをやらせられる羽目になるのだがそれが開始しない。イベントの開始キーとなる人物がギルド内にいないかどうかを確認し、見つける。


 棘肩パッドにモヒカンの兄貴だ。ギルドの端の方で酒を飲んでいる姿を見て、首を傾げる。


「難癖付けないの……?」


「逆に考えて王族と肩車しながら出血しまくってる化け物に近づきたくなくないか? 俺はまだ自分の常識が通じる世界で生きていたいぜケヒャー!」


 直ぐ横でワープされてきたジョック君が腕を組んでうんうん頷いている。うんうん頷きながらも一切分解換金の動きを止めない辺り才能があるよ。


 ケヒャケヒャ鳴いてるモヒカン族の事はこの際無視する。リアル環境によるイベントスキップが可能だとは予想外だが良いガバだ。確かに俺も腹に矢が刺さったままロイヤル乗馬している奴を見たら絶対に逃げる。このギルドから逃亡者が出ないのは俺が入口付近にいるからだ。


「あ、あの、何か御用でしょうか……」


「冒険者登録とビンゴブックください」


「は、はい、しょ、少々お待ちください……ポーション、使いますか……?」


「神の5%維持する為に瀕死継続してるので」


「そうですか……」


 受付前に移動した瞬間入口に冒険者たちが殺到する。絶対に関わりたくないぞと言わんばかりのスピードでギルドから飛び出して行く。先ほどのモヒカン族も酒を飲みきってから逃亡している。そう考えるとまだ残っている職員は優秀なのかもしれねえ……!


「姫様! 見つけました!」


「あ、アーディ」


「王城帰りま……うわぁ、顔が血だらけ!? ハンカチ、ハンカチ!」


「大丈夫ですよ、これからもっとたくさんの返り血を浴びますから」


「姫様!?」


 王城から走って追ってきたのだろう、女騎士の人がギルドに飛び込んできた。受付の方を見ると鬼気迫った表情で受付の人が必死に書類とかを纏めて、裏で別の職員がビンゴブックを用意している。死ぬほど早くここから出て行ってくれという凄まじい一体感を感じる。タイム短縮ありがとうございます。


「此方に名前の方をお願いします」


 書類に血で名前を書く。


「時枝ユージ様、ですね? 此方がギルドカードで此方がビンゴブックです。登録された賞金首が討伐されたら自動的に魔力の痕跡が登録されるので討伐の証明となります。これで登録は終わりです本日の営業は終了しましたお疲れさまでしたっっ!!」


 ばん! と音を立てて受付のシャッターが閉じた。心のシャッターが閉ざされた音の気もする。だが欲しいものは手に入れた。システム的な話をすると、裏ボスを含めたボスや賞金首を討伐する度に自動的に名声が加算されるシステムだ。


 名声が上がると店で安く買い物できたり、追加でサービスをしてもらえたり、様々な恩恵を受ける事が出来る。これはある意味、必須要素でもある。


 ともあれ、これで必要なものは揃えた。


「では国境に向かって砦を落とします」


 ボスマラソンはーじまーるよー。

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